NPO法人青少年自立援助センター/YSCグローバル・スクール/田中宝紀 (IKI TANAKA)

NPO法人青少年自立援助センター定住外国人子弟支援事業部統括コーディネーター/ 東京都福生市にて外国にルーツを持つ子どもと若者のための教育・自立就労支援事業運営を担当。Yahoo!ニュース個人オーサー。2児の母。

日本語で育つ子どもたちは、すべて日本の子どもであると言いたい

ウティナン君に想いを寄せて

 

山梨県に暮らす、タイにルーツを持つ、ウォン・ウティナン君のニュースをご存知でしょうか?

 

ウティナン君は日本生まれ・日本育ちですが、お母さんがビザが切れた状態で超過滞在だったため、在留資格のないまま各地を転々と隠れるように生活してきたそうです。

 

小学校に通うこともできず、山梨県が2011年に行った外国籍の子どもの不就学調査により発見され、その後、公立の中学校に編入しています。7年間の教育の空白期間があったにも関わらず、支援団体の支援を受けて学力を高め、高校進学も果たしています。

 

ウティナン君は、2013年に入国管理局に在留特別許可を申請しましたが、2014年に入管が言い渡したのは退去強制処分。その取り消しを求めていた訴訟で、東京地裁は6月30日に、ウティナン君側の請求を棄却する判決を出しました。

 

 

「日本で生まれたことが罪なのでしょうか?」

 

 

そのウティナン君が、昨年裁判官の方に宛てて書いた手紙の内容が、ふたたび話題になっています。

 

「・・・僕が生れたことは悪いことだったのでしょうか?僕は産んでくれたことを感謝しています。生んでもらって良かったし、友だちと楽しく、一生懸命生きていきたいと思っています。どうか僕のことを認めてほしいと思います。何も悪いことをしていないのに、なぜ罪があるように扱われるのでしょうか?僕が日本で生まれたことが罪なのでしょうか?僕は悔しいです。」

 

「・・・どうか在留を許可してください。僕たちを認めてください。僕はまだ子どもで力が足りません。やっと高校に入ったばかりで、これからますます勉強をしなければなりません。どうか力を貸してください。僕は、勉強を続け、立派な大人になって、真面目にしっかり働いて、僕のように困ってる人がいたら手助けできる人になりたいと思います。お願いします。」

 

(いずれも、2015年4月24日Huffington Post掲載記事より抜粋 「日本で生まれたことが罪なのでしょうか?」日本生まれ日本育ちのタイ人少年、在留許可を求める」 )

 

 

・・・現在、私たちの現場には在留資格を持たないお子さんは在籍していません。でも、ウティナン君のように日本で生まれ育ち、自分のルーツのある国に行ったこともなく、その国の言葉も文化もほとんどわからないという子どもは少なくありません。

 

「自分は外国人である」と考える子どもたちもいれば、「自分は見た目こそ違えど、日本人である」と考える子どもたちもいます。まだ自らのアイデンティティに悩んでいる子どもたちもいます。

 

でもこうした子どもたちの多くが、将来日本以外の国で暮らす、というイメージは持っていません。日本の中で高校に進学し、大学や専門学校などへ行き、就職をして、恋をして、結婚をして、子どもを育てて、親孝行をして・・・。

そんな将来像を描いています。

 

子どもたちと私たち(あるいは、私たちの子ども)とは、何か、違いがあるでしょうか?

 

 

日本人とはだれなんでしょうか

 

 

私自身も海外にルーツを持っていますが、「紙一重」の事柄が重なって、日本国籍の日本人として生まれました。その事実を知ったのは中学生になってからで、それまでは疑いようもなく、自分は「日本人」と言い切れましたが、それ以来は日本人とはだれなのかということをよく考えるようになりました。

 

その作業は、時にとても苦痛でしたが、ある時にふとこの苦痛の源泉は「日本人=単一民族」だと思い込んでいる、そういう価値観をどこからともなく刷り込まれている事なのだと考えるようになってから、気持ちが楽になったことを思い出しました。

 

今、「日本人」を定義するときに「血の純粋さ」が大切だというようなことを心の底から信じている人はどのくらいいるでしょうか?

 

先日、台湾にルーツを持つ作家、温又柔さんとお話をしたときに、温さんが冒頭から「そんなこと言ったら遣唐使の時代までさかのぼらなきゃ!」と満面の笑みでおっしゃっていました。

 

私たち日本と呼ばれる国に住んでいる人々の多様性は、昔々から存在していて、すでにいろいろなルーツを持っている人々の集合体が混ざり合って成立しているのが日本人なんだと、外国にルーツを持つ子どもたちの支援をしている今現在は、より強く感じています。

 

国家、と呼ばれる単位の枠組み自体が揺らいでいて、あちこちでそのひずみが明白になっている現在においては、もはや国籍で人を定義することや移動を制限すること自体に無理があるのかもしれません。

 

 

今、もし「帰りなさい」と言われたら・・・

 

 

先ほど、私は「紙一重」で日本国籍を持っている、と書きました。そんな立場もあって、ウティナン君のニュースを初めて耳にした時から、ある嫌な想像をするようになりました。

 

たとえばこの紙一重で持っている日本国籍が、ある日突然役に立たなくなって、「実の親または祖父母に外国出身者が含まれている者は日本人ではない」

みたいなルールの変更が突然起こったとしたら・・・

 

入管なりなんなりが私のところにやってきて、「あなたは外国出身者の子どもなので、そちらの国に帰ってください」と言われたら・・・そんなことは起こり得ないと思いながらも、でもそうなったらどうしよう?と考えを巡らせては、恐怖に身震いしたりします。

 

 

母なる国、日本に暮らす子どもたち

 

 

・・・多感な年齢でそんな事態に直面しなくてはならないウティナン君。同じように日本という国で生まれ、日本語で日本社会に育つ外国籍や無国籍の子どもたち。

 

その子どもたちの「母なる国」、日本。

 

少なくとも、言葉と社会を共有するこうした子どもたちを、私は、日本の子どもとしてとらえています。

 

日本で生まれ、日本語で育つ子どもは、すべて日本の子どもとして守り、育てる・・・その程度には人道的な国の「国民」でありたいと願っています。

 

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この記事は、Readyforにてクラウドファンディング中のプロジェクト「日本語がしゃべれず、ひとりぼっちの子どもにオンライン授業を!」新着情報記事から転載しています。

2016年参院選各党マニフェストに見る外国人・移民関連政策

参院選2016はこんな視点での比較も

東海地方に拠点を置く、多文化共生NPOの中間支援組織、NPO法人多文化共生リソースセンター東海さんが、7月10日に行われる参議院選挙に関連し、各政党が「移民」や「外国人」についてどう考えているのか、政策集の比較をしてくださったのでご紹介します。

 

多文化共生リソースセンター東海さんのブログエントリーより抜粋

「移民」「外国人」についての記載あり(*五十音順)


幸福実現党
移民受け入れに向けた制度設計を行います。(p.35)
・ 総枠での受け入れ数を定めるとともに、国籍別の受け入れ枠を設けることで、特定国への偏重や反日国からの移民を制限します。
・国籍取得時には日本国への忠誠を条件とするなど、日本国民としての自覚・誇りを持つよう促します。
政治や経済、文化など各分野で、世界を牽引し得る新たな日本モデルをつくり、さらなる発展を目指します。 (p.47)
少子化対策と併せて移民政策を進め、当面は人口1億5千万人を目標とし、将来的には3億人国家を目指します。

公明党
7 教育の充実と学校環境の整備促進 (p.11)
・学生がグローバルな環境で学べるよう、海外留学への経済的支援の拡充、大学の国際化への支援、留学生の受け入れ増加や留学生との交流を強力に推進します。
9 人権、性的マイノリティーの支援 (p.12)
急増する難民申請者問題に対応するため難民認定制度を適正化するとともに、認定難民及び人道的配慮等で保護された外国人への日本語支援等、公的支援を強 化します。
ヘイトスピーチなど、本邦の域外にある国または地 域の出身であることを理由として行われる不当な差別的言動を解消するため、人権教育及び人権啓発等の取り組みを強化します。

社会民主党
人権 (p.6)
・差別や敵意を煽る「ヘイトスピーチ」の根絶に向けて全力で取り組みます。

自由民主党
2020年東京オリンピックパラリンピック (p.18)
・2020年東京大会及び地方の観光地における外国人への対応に向けて、「言葉の壁」をなくす多言語音声翻訳の普及を図ります。
雇用と所得の拡大 (p.23)
労働力人口が減少し、現行制度でも外国人労働者の大幅な増加が見込まれる中で、日本人だけでは労働力が不足し社会に深刻な悪影響が生じる分野について、外国人労働者が適切に働ける制度を整備します。

新党改革
ヘイトスピーチ (p.14)
・特定の人種や民族を標的に差別をあおるヘイ トスピーチの解消のための対策法が6月3日に施行されました。
本邦外出身者の方々を侮辱し、日本で安心して生活することを阻むような言動を、社会として許してはいけません。罰則規定をどのように定めるかの議論を続けるとともに、ヘイ トスピーチに対する社会としての毅然とした態度を示していく必要があります。
海外留学の倍増、外国人留学生の受け入れ促進 (p.17)
・日本の若者の海外留学熱は一時に比べ大きく下がっています。2004 年に 8.3 万人だった日本人留学生の数は、2013 年には 6 万人に減っています。他方、海外に在留する邦人が年々増加の一途をたどっているように、世界との距離が近くなり、日本一国だけでは物事を考えられなくなっている時代に入っています。
・この社会の大きな流れに乗り遅れないため、日本の若者の海外留学生を倍増させるとともに、優秀な外国人留学生の受け入れを増やし、日本を内向きから外向きの国家に変えていくきっかけとします。
・海外の若者や他の方々が、インターネットで日本語の語学力を身につけてもらえるように、「サイバー N1(エヌワン)教育」なども検討していきます。

日本共産党
言論・表現の自由を守ります。ヘ イトスピーチを根絶します (p.15)
・民族差別をあおるヘイトスピーチを根絶し ます。超党派で成立させた「ヘイトスピーチ解消法」も活用して、政府が断固たる立場にたつことを求めます。
*ホームページに「48 ヘイトスピーチ」「49 在日外国人」について詳細記載あり

日本のこころを大切にする党
我が党は、日本各地で、国際文化交流の祭典を催し、日本が、世界の文化が輝き、溢れ、交流する場となることを目指す。
・日本各地で、国際文化交流の祭典を催し、地方創生に資する。
・文化による国際貢献、「世界の文化が輝き溢れ、交流する場」の実現

民進党
国民の自由と 人権を守る (p.19)
・多様な価値観と少数者の人権を尊重する社会をつくります。
・ヘイト・スピーチ対策法を発展させ、人種、民族、出身などを理由とした差別を禁止する法律をつくりま す。


特に記載見つからず(*五十音順)
◆おおさか維新の会
国民怒りの声
生活の党と山本太郎となかまたち
◆日本を元気にする会
 

 

<上記抜粋の元記事「参院選2016」はこちら>

http://blog.canpan.info/mrc-t/archive/425#BlogEntryExtend

 

元記事の方には、各政党名のところにリンクが貼られていて、政策集にジャンプすることができます。 

まとめ作業大変だったろうと思いますが、とても参考になりますね。感謝。

 

このエントリーの転載を、多文化共生リソースセンター東海の代表理事である土井佳彦さんにお願いしたところ、ご快諾いただきました。重ねて感謝。

 

すぐに解決!だけが手段じゃない

 

私は個人的には、投票行動前の政治参加に関連するアクセシビリティを高めたほうが良いと思っていて、そういう意味で、政策集なども「やさしい日本語訳」などがあると、子どもの有権者教育にもなるし、日本語を母語としない有権者や識字の力が十分でない方々への情報提供機会を広げることにもなるかな、と思っています。

 

たとえば、今回私がざっと見た限りでは、公明党だけが、(おそらく)子ども向けのマニフェストを別に作成していて、文字も大きく、やさしい日本語の表現で、ルビも振ってあってわかりやすいんです。

www.komei.or.jp

(だからと言って、公明党を推したり、その他の政党を批判しているわけではありません)

 

こういう方向性で、身近にできることからすぐに取り組めたらいいなーという話しを土井さんにしたときに、彼が言ったのは

「翻訳とかってゆー“手段”の前に、有権者には日本語が読めない人や読みづらい人(ディスクレシア等)もいるんだってことの認識が大事ですよね。数を問題にせず、民主主義の中で権利が守られてない人の存在を世に問いたい」

(土井さんとのメッセージのやり取りから抜粋)

 という事でした。

 

彼のスタンスは、

「たしかにソリューション大事なんですが、この手の話題の場合、ソリューションの是非・可否に注目されるのはヤなんですよね。そこじゃないだろ、って思っちゃう。むしろ、課題を共有・共感してもらって、じゃあどーしたらいーの?ってのは各自に考えてほしい」

(同上)

というもので、すぐになんでもかんでも(?)解決したがる私とは異なり、じっくり民主主義を育てていきたいんだな、という想いが伝わってきました。

 

どの候補や政党を選ぶか、ということに目が行きがちですが、どのような選挙にするのか、を考えることも、私たち主権者の重要な役割で、特に権利を行使できない状況にある方々、権利自体を有さない外国籍の方々、子どもたちなど、彼らの存在を票を投じることができる有権者のひとりとしてどのように、自らの一票に託していくか。

 

そんなことも、長期・短期のいずれの視点でも考えていきたいな、と思っています。

 

「みんなにやさしい選挙」について、みなさんと考えるきっかけになれば、と、Yahooニュースで記事を公開しました。よろしければ、こちらもぜひ。

bylines.news.yahoo.co.jp

オランダに移住なさったご家族のブログを拝読して―日本語を母語としない子どもの支援者より、「子どもは小さいうちから海外に出るのはちょっと考えたほうがいい理由」

オランダ移住は単純にうらやましいです

広告代理店をおやめになり、オランダへ移住なさった吉田和充さんという方のブログを、転載先のライフハッカー経由で拝読しました。


タイトルは『オランダ移住から2カ月。我が子の順応性を見て気づいた「子どもは小さいうちから海外に出たほうがいい理由」』。

www.lifehacker.jp

 

まず初めに、私は吉田さんという方と面識もなければ、オランダへの移住を非難するつもりもなく(逆にうらやましい)、また、こうして吉田さんという方が書かれたブログを通して、子どもの言語発達について、私を含めて多くの方が考える機会を得られたことに感謝をしていることを、あらかじめお断りしておきます。

 

そのうえで、吉田さんがブログで書かれていた内容について、日本という海外に外国からやってきて、小さいうちから住んでいる日本語を母語としない子どもたちの現状を目の当たりにする支援者として、どうしても言及しておかなくては、と感じる事があり、この記事を発信することにしました。

 

決して何かを否定するものではなく、吉田さんがブログで発信してくださったエッセンスを軸に、現場での経験を踏まえて気を付けておきたいことをお伝えできたらな、と思います。

 

 日本語を母語としない子どもたちの支援者として、ココが気になる

 

まず、吉田さんのブログ記事の内容を確認しながら、私個人が「日本語を母語としない子どもたちの支援者」として気になるポイントを拾ってみます。

1)吉田さんは2カ月前にオランダへ移住なさった

  →うらやましいです。

 

2)6歳と2歳のお子さんと共に暮らしている

  →うちも子どもが4歳差で親近感。

 

3)上のお子さんは、オランダ語を学ぶ語学学校の小学校に通っている。

  →オランダ語を学ぶ語学学校の小学校、とは、ESLのDutch版のようなものでしょうか。さすがオランダ。移民向けの教育環境が整備されていますね。

 

4)上のお子さんは、すでに吉田家で一番のオランダ語の使い手となり、通訳をしてくれることもある

  →初期的には、上のお子さんにとってこの事実(自分が家族の中でオランダ語が一番できる)は自信となるでしょう。(ポイント1)

 

5)子どもの順応性は驚くほど高く、小さければ小さいほど海外は「楽」である

  →これはお子さん自身の性格や特性などに左右されそうですし、小さければ小さいほど、海外移住の際に気を付けなくてはならないことも(ポイント2)

 

6)下のお子さんは、日本語と英語とオランダ語が完全に混ざった状態で、吉田さんはこの点は問題だと考えておられる

  →吉田さんの下のお子さんの状況への問題意識はその通りです。(ポイント3) 

 

ということで、ポイントを3つ、拾い上げることができました。

これ以降は、話題提供してくださった吉田さんのブログに感謝しつつ、脇に置いて、単純にポイントごとに気を付けたいことをご紹介します。

 

 子どもが小さいと、それなりの「リスク」

 

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<ポイント1>「家族の通訳」を子どもが担うことのリスク

私が出会う現場の子どもたちの中にも、親御さんが10年、20年と日本で暮らしていながら、日本語がなかなか上達せず、次第に公立の学校で学ぶ子どもの方が日本語がよくできるようになったので、生活の多くの場面で「子どもの日本語力を親がアテにする」という状況が見られます。

 

そのことは、子どもにとって「家族の役に立っている」という自信をもたらすかもしれません。しかし、次のような状況ではどうでしょうか。

 

・保護者が病院へかかるため、通訳が必要になり子どもが学校を休んで親の病人につきそう

・子どもの学校に保護者が呼び出され、先生が子どもにとって都合の悪いことを話さなくてはならないときに、それを子ども自身が通訳する

 

前者は病院にとどまらず、役所での手続きなどの場面でも、子どもが学校を休んで保護者に同行することがあり、場合によってはかなりの欠席日数となることも。また、後者は先生が100しゃべっているうちの10しか子どもが通訳しない、都合の悪いことは親に伝えない(その逆も)などが起こる可能性があります。

 

子ども自身も、「何年も日本に暮らしているのに、ちっとも日本語ができない親」の存在を負担に感じ、親を尊敬できないなどの影響が出ることがあります。

 

欧米など、移民受け入れ態勢が整っている地域では、公的な通訳配置が進んでいてこのような状況にはならない可能性もありますが、やはり保護者自身が身の回りのこと、子どもの教育にかかわることなど、ある程度自立的にコミュニケーションが可能な語学力を身に着けておく、そのための機会が社会から提供されるに越したことはありません。

 

<ポイント2>子どもが小さければ小さいほど、「海外」で生活することのリスク

私たちの現場にやってくる子どもたちのうち、子ども自身の心身の発達に困難を抱えるケースは、小さなうちに来日したお子さん、日本生まれ・日本育ちのお子さんにほどよく見られます。

 

10代に入って、思春期を日本で過ごすことで発生するリスクももちろんあるのですが、ティーンエイジャーでの来日とそれ以前との来日では、リスクの種類が異なります。そして後者のリスクの方が、そのお子さんの「全人的な発達」に影響を及ぼす可能性が高く、注意が必要だと考えています。

 

ポイントは「母語が確立されているかどうか」です。

 

母語も日本語も中途半端となってしまったダブルリミテッドのお子さんや、母語は完全に失ってしまい、日本語が唯一の言語にも関わらず日本語自体が小学校低学年程度までで伸び悩んでしまうシングルリミテッドのお子さんの事例については、私個人のブログや講演などでもたびたびお伝えしてきました。

 

自宅から一歩外に出れば、圧倒的な外国語(日本語)社会の中で、家庭の中だけで母語を維持することは、親御さんのよほどの覚悟と時間が必要です。子どもが普段目にすることのない文字を習得させ、語彙を覚えさせ、年齢相応のコミュニケーションができるよう、手をかけ続けなければなりません。

 

そして小さければ小さいほど、長期にわたって、より多くの努力を子どもの母語学習に注がなくてはなりません。さらに、その努力をしないことで子どもに及ぶリスクは、幼少期であればあるほど、大きいことを実感しています。

 

<ポイント3>幼い子どもの言葉が「ちゃんぽん」になってしまうリスク

ポイント2に共通しますが、やはり小さければ小さいほど、母語とそうでない言語の使い分けは難しく、また、社会の中でより多く接する言語が母語でなかった場合に、母語を失うリスクは高まります。

 

これを自然に任せておいても、会話をするうえで、一定の期間が経過した後にお子さんが自然と母語母語でない言語の使い分けができるようになる場合もありますが、お子さんによってまたは家庭内での言語状況によっては、母語の力が弱まり、「聞けばわかるけど話せない」「会話はできるけど読み書きできない」などの状況に陥ることがあります。

 

小さなお子さんが、日本語、英語、母語とまぜこぜで話す様子が見られたら、まずは家庭の中で、母語の発達を促進できるような取り組みを徹底してください。親御さん自身が言葉を「ちゃんぽん」することは、おすすめしません。

 

「国を移動すること」を選択する余裕があるのであれば、少し立ち止まってほしい

 

小さいうちは、親子間で交わされる言葉も簡単で、語彙(単語)の数もそれほど多くはありません。このため、日本に暮らす外国人保護者も、子どもが日本語が上手になるように、と思い(あるいは周囲にそう”すすめられ”)家庭の中で日本語を使うことがあります。

 

そしてその親が子どもを思う気持ちが、子どもの母語の発達を不十分なものに留めてしまった上、保護者自信が日本語の読み書きが十分にはできないレベルの日本語の力しかない場合は、子どもが成長し、学校に入学した後に

 

・子どもの宿題を見てあげることができない

・学校から出された「おたより」が読めない

・面談時に先生の言っていることがわからない

母語がほとんどわからない子どもと、日本語で深い会話をすることができない

 

など、お子さんの年齢が上がれば上がるほど、困難の度合いが高まりますし、親子間のコミュニケーションにも大きな支障をきたします。

 

このように、日本という海外で子育てをする家庭が、子どもの言語発達や教育に関する領域で困難に直面するケースを数多く見てきました。

 

でも彼らが「子どもと共に日本で生活する」こと自体は非難すべきことではありません。途上国で仕事がなく、生活が成り立たないことをはじめとして様々な理由で日本へ来ることを選択し、すでに日本社会の一員としてともに子育てをする仲間として、サポートできることは民間の私たちのような活動を含めて、社会全体ですべきだと考えています。

 

一方でもし、冒頭の吉田さんのように、(おそらく)生活に余裕があり、今すぐに移住しなくても生きていける、という状況であれば、海外移住を選択する前にぜひ、お子さんの母語の発達について、家庭の中でどのように支えることができるのか、移住先で母語支援を受けられるのかどうか、など、情報と知識を入手し重要な検討項目の一つに組み込んでいただけたらと思います。

 

そしてもし、移住先の国で母語の発達を支えきれそうになければ、お子さんがある程度母語を確立できるといわれている10歳前後になるまでは、移住を遅らせることも、可能性の一つとして頭の片隅に入れておいていただけたらと思います。

 

長くなりましたが、以上、日本で、日本語を母語としない子どもたちを400名以上サポートしてきた私が考える、「子どもは小さいうちから海外に出るのはちょっと考えたほうがいい理由」でした。

 

外国にルーツを持つ子どもの高校・大学進学率が、日本人の半分である現状を変えたい。

高校進学率50%、中退率15%、大学進学率20%の壁

現在のところ、外国にルーツを持つ子どもの教育課題における大きな壁の一つが高校進学であることは、このブログでもたびたび発信しています。

(過去記事)

 

ikitanaka.hatenablog.com

 

出身国やルーツによっては50%前後とも言われる高校進学の壁の次に待ち受けるのは、高校卒業の壁。中退率の高さは現場で支援してきただけでも18%。改善傾向にあるとは言え、入ったけれども続かない、続けられないと言う子どもの多さに支援者としての歯がゆさを感じています。(全国的な高校在学率は国勢調査を基にしたこちらの論文p54、図8-1他で知る事ができます。だいたい、15%前後。)

 

それでも、数少ないけれど高校を無事に卒業し、次の進路を目指す若者達も登場し、一縷の希望を感じる事も増えてきました。ただ、「高校進学→高校卒業→専門学校または大学進学」までたどり着くためには、本人の学ぶ意欲と努力だけでは不十分である事も感じています。

 

日本の子どもたちの6人に1人が貧困と言われる現在。

日本国内で教育を受けてきた外国にルーツを持つ子どもたちも例外ではありません。こちらの記事などでまとめたとおり、外国人保護者の経済的状況は全体的に厳しいのが現状です。

 

来日

日本語がわからない

小中学校の勉強についていけない

高校進学率50%

高校中退率15%。

 

ここまで、これだけのハードルを越えて高校を卒業しても、その先の教育を受けるためには大きな壁が立ちはだかっていて、現場で見ている限りでは、率直に言って外国にルーツを持つ子どもたちが「高校を卒業して大学に行く自分」を描く前に、進学という選択肢をはなから外してしまっているようにすら見えます。

 

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この図は、たびたびご紹介させていただいている「2010年国勢調査にみる外国人の教育
――外国人青少年の家庭背景・進学・結婚――」
岡山大学大学院、高谷先生らの論文からの抜粋で、左側は「5年前に日本にいた者」(つまり、18歳であれば13歳には日本にいて、本の中学校に通学した外国にルーツを持つ子どもで、留学生ではない)の大学・大学院在籍率を示しています。

 

19歳の若者たちを見てみると、日本(JP)・韓国(KR)・中国(CH)の場合の在学率が40%~50%の間にある一方で、ブラジル(BR)、フィリピン(PH)、ペルー(PE)国籍の若者は20%の壁を越える事ができていません。

 

中国にルーツを持つ子どもたちは比較的日本語を習得しやすいことや、経済的に安定している層が一定数存在する事。韓国籍の場合は在日の方々などが含まれていることなどが、日本人と変わらない進学率の高さにある程度影響しているのではないかと見られる一方で、ブラジルやフィリピン、ペルーの若者たちは高校卒業というハードルを越えて尚、この進学率であることを考えると、経済的な状況も大きく影響しているのではないかと思われます。

(調査実施の2010年は第1世代の子どもたちがようやく進学年齢前後に到達している時期で、支援者にとっても「未開の領域」であることも一つの要因と言えそうですが)

 

外国にルーツを持つ子どもは「留学生枠」が使えない

 

同じ外国籍であっても、留学生であれば、彼らに特化した奨学金制度などを有する私立大学や財団などもありますが、日本の公教育を受けてきた外国にルーツを持つ子どもはこの留学生向けの枠組みの要件にあてはまらないケースがほとんど。また、日本人向けの奨学金は日本語で情報を得るハードルに加え、返済の義務があるものが大半で、さらに経済的に追い込まれる可能性も否定できません。

 

給付型の奨学金ができれば、日本人か外国にルーツを持つかに関わらず、広く国内に暮らす子どもたちに進学の機会をひらける可能性が高まります。

 

今すぐに、できることがある

 

現在、インターネット上では「全ての子ども達に学ぶ機会を!」キャンペーン事務局が、この給付型奨学金制度の創設を求めたオンライン署名活動を行っています。

 

www.change.org

 

外国にルーツを持つ子どもたちも、給付型奨学金が実現すれば、高校卒業後の選択肢に「進学」という二文字を組み込む事ができるでしょう。

 

外国にルーツを持つ子どもたちは、バイリンガル、バイカルチャーと言ったグローバルに活躍できるポテンシャルを有しています。大学や専門学校で十分に学び、専門知識を身につけて日本社会に巣立って行く事になれば、きっとさまざまな場面で力となってくれる存在です。

 

オンライン署名は、日本に暮らすすべての子どもたちが国籍やルーツに関わらず、そして経済的な格差に左右される事なく、十分な教育を受ける事ができる環境実現への一歩であり、その一歩を推し進めることができるのは、私たち1人1人に他なりません。

 

子どもたちの未来のために、今できることをぜひ一緒に取り組んでいきましょう。

 

ある日あなたが日本語が通じない子どもの継父になったら。

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「外国にルーツを持つ子どもの親」=外国人とは限らない

年間100名前後の外国にルーツを持つ子ども・若者たちと出会う、私たちの現場

子どもの支援ということで、その親御さんたちのサポートやご家庭との協力連携も重要な活動の一つとして位置づけています。

 

現場で出会う保護者の方々を(あえて)いくつかのパターンに分けると、

 

1)両親共に同じ外国の出身者(外国籍

  →最近、父親と母親の出身国が外国だが違う国同士というご家庭も(こうしたご家庭については以前こちらの記事に)

2)父・母のいずれか(大半が実父)が日本人で、いずれか(大半が実母)が外国出身

  →実父が日本人男性というケースと、実父は外国人男性だが離婚しており、継父が日本人男性というケースがあり、だいたい4:6くらいで後者が多い

3)実母が外国出身者でひとり親家庭

  →こちらも、2)と同様に実の継親が日本人で日本国籍を持つ子どもと、実の父親が外国人で外国籍の子どもとに別れます。

 

となります。

(おそらく、もう少し時間がたつと(あと数年)、4)として、日本で幼少期を過ごしたり、10代で来日した外国にルーツを持つ”元”子どもたちが「保護者」となって、現場に現れる”パターン”が登場するはずです。)

 

いずれのケースも、「両親と共に飛行機に乗って新たに来日した」というお子さんは少なく、親御さんがお子さんを親戚などの元に残して先に来日し、日本国内での経済的基盤が整った段階や、お子さんの教育の「節目」、ビザが出た時などに、数年間離れて暮らしていた我が子を呼び寄せるケースが大半です。

 

家庭内で唯一の「日本語ネイティブ」が頼り

 

1)や2)のケースでは実の親御さんが、お子さんが赤ん坊や幼少のころに、来日するため別離し、数年後・十数年後に日本に呼び寄せてはじめてゆっくり生活を共にする、というご家庭もあり、親御さんの中ではまだ「幼い子」であった我が子の成長や変化に当初は戸惑うという姿も見られます。

 

一方で、2)のケースでは、日本で外国出身の女性と出会った日本人男性がその女性と再婚し、女性が出身国に残してきた「我が子」を日本に呼び寄せることが多く、この場合、日本人男性は日本語のわからないお子さん(時に10代の若者)の「父」となることも少なくありません。そして、日本人男性はほとんど女性や子どものが話す外国語を理解できないことも珍しくありません。

 

大半のこうしたご家庭の場合、お母さんである外国人女性が日本語の会話がある程度できるため、お子さんとお父さんとの間の通訳としてコミュニケーションをサポートしているようですが、中には日本語があまり得意でないお母さんもおり、お父さんとお母さんの共通言語がほとんどない場合、お父さんとお子さんの間を「つなぐ」ことが難しい状況に陥る事も。

 

そんな状況の中でも、日本語の力が十分でない妻の「連れ子」である日本語がまったくわからない子どもの就学手続きや、学校との連絡などを、家庭内で唯一の日本語ネイティブである男性ががんばって担わなくてはならない場合が増えます。

そして日本人男性にとって仕事と子どもの教育との両立が大きな「負担」なのではないか、と感じられる場合も。意外と日本語ができない段階では、学校との連絡調整がかなり頻繁に必要になったり、何かとお子さんの教育に手を掛けなくてはならない場面が多いのです。

 

共に暮らす事になった「我が子」と、言葉が通じなかったら・・・

 

外国出身の妻の子を、日本の自らの元へ呼び寄せるご決断は本当に重たいものだったのでしょう。そしてその決断の先に、思わぬ大きな負担が待っていて、「これは大変だ」と感じている方も中にはおられるのではないでしょうか。その負担の大きさに、ギブアップしてしまいそうになることも、あるのではないでしょうか。

 

そんな時に活用していただきたいのが、全国にある外国にルーツを持つ子どものサポート団体です。

 

同じような状況のご家庭を数多く見てきていますし、団体によっては学校とご家庭との間に入ってコミュニケーションを支援もしています。日本語の十分でない親御さんのためのクラスがあることもありますし、学校からの連絡文書を翻訳したり、わかりやすく説明してくれたりすることも。

 

そのほか、日本語がわからないお子さんの高校進学や学校生活に必要な情報の提供などもあり、ご夫婦でぜひこうした団体のサポートをご活用いただきたいところです。

 

 こちらのリンク先には、外国にルーツを持つ子どもの学習支援に関わる団体のリストがまとめられています。

http://harmonica-cld.com/category/stakeholder/st-japan 

まだ全てが網羅されているわけではないようですが、各地の国際交流協会やボランティアセンターなどでも情報が手に入るケースもあります。

 

なによりも、子どものサポート団体での活動の中心はお子さんの「日本語教育」であるところが大半ですので、お子さんの日本語が上達するにつれ、お父さんとのコミュニケーションもスムーズになってくるでしょう。

 

そして最後に、こうした日本語がわからないお子さんの父親となった日本人男性の方に気をつけていただきたいことを一つ。

 

  • 共に暮らす事になったお子さんがまだ10才未満のとき・・・

 お子さんがこれから日本語を十分に読んだり、話したりすることができるようになるために、お子さんとお母さんの共通言語である「母語」を忘れないようにすることと、母語の力を高めて行く事が大切です

 母語の保持や向上をしないまま放置すると、年齢が低いお子さんほど日本での生活が長くなり日本語が上達する一方で、どうしても母語を忘れがちになったり、まったくわからなくなってしまうことがありますが、これが後々、お子さんの発達に大きな影響をもたらす可能性があります。

(現場ではそうした事例を多く見てきています。母語の大切さについては、こちらのサイトなどが参考になります)

 家庭の中で、日本語が聞こえず、わからない外国語ばかりが飛び交う時間が長いと、疲れやストレスを感じる事があるかもしれません。それでもこの母語維持を助ける事のできる団体はあまり多くなく、現在は家庭の努力が唯一の手段であることも少なくありません。

 お母さんが子どもになるべく母語で話しかけることを、重要な子育ての場面としてあたたかく見守っていただけたらと思います。それが後々になって、お子さんの日本語の力を高めるための大切な「基盤」となります。

 

  • お子さんが10才を越えているとき・・・

 母語の力が大切になるという点では、10才未満のお子さんと変わりませんが、10歳を超えたお子さんの場合、母語をまったく失ってしまうというリスクはだいぶ軽減されてきます。一方で、「子どもだから日本語を耳で聞けばすぐに覚える」という可能性はどんどん小さくなっていきます。

 

 もし、お子さんの学校で日本語教育の特別な支援が無く、通訳サポートのみだったり、まったく何の支援も受けられない場合は、できる限り早い段階で日本語学習をサポートする団体へ連絡をとり、日本語学習をスタートできるようにしてください。思春期の大切な時期に、日本語ができない状況で学校で過ごす一日は、お子さんによってはとても苦しく長く感じられます。

 

 特に中学生のお子さんの場合、「高校入試」が待ち受けており、地域や状況によっては日本語ができない生徒に対しての配慮がない、あるいは受けられない場合もありますので、早めにサポート団体などを通じて情報を入手するようにしてください。

 

 もし、お住まいの地域やアクセスが可能なエリアにサポート団体がないときや、サポートがあっても利用が難しい場合は、私たちYSCグローバル・スクールにご連絡ください。利用可能なサポート団体をご紹介したり、ITを活用し、離れた地域でも受けられる専門家による支援についてご案内することができます。

 

せっかく縁があり、共に暮らす事になったお子さんとご家族の新たな一歩を、私たちサポート団体も心から応援しています!