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NPO法人青少年自立援助センター/YSCグローバル・スクール/田中宝紀 (IKI TANAKA)

NPO法人青少年自立援助センター定住外国人子弟支援事業部統括コーディネーター/NPO法人多文化共生子ども・若者プラットフォーム理事長。 東京都福生市にて外国にルーツを持つ子どもと若者のための教育・自立就労支援を担当。7歳と3歳の2児を育てるフルタイムワーキングマザー。

「言語難民」!?-外国にルーツを持つ子どもの日本語教育、その責任は?

 

 

 
10月6日の夜、FMラジオ局 J-WAVE81.3、JAM THE WORLDという番組に出演させていただきました。
パーソナリティは元NHKアナウンサーで、NPO法人8bitnews主宰、ジャーナリストの堀潤さん。

「外国にルーツを持つ子どもたちに対する日本語教育は誰が担うべきなのか?」
http://www.j-wave.co.jp/original/jamtheworld/break/index.html




初めてのラジオで、とても緊張したこともありうまくお伝えできたか不安なのですが・・・
今回のテーマとなった「子どもの日本語教育の責任はどこが負うべきか」という問いについては、深く考えさせられました。

番組内では、

Q:日本語教育を必要としている子どもたちへのサポートは
  どこが責任を持って担うべきだと思われますか?

という趣旨の問いが投げかけられ、概ね、以下のような内容でお答えしました。

((((『こうした子どもたちに適切な教育機会を提供していくことで、バイリンガル人材やグローバル人材の育成につながります。
農業でも、サービス業でも、医療や介護でも、各産業にバイリンガル人材が雇用されてゆくことで、新たな市場や顧客の開拓などにつながり、日本社会全体が恩恵を受けられる可能性があります。

また、今後、日本が少子高齢化等による人材不足から外国の人々に対して門戸を開いてゆく方向性であることや、グローバル社会の中で人の移動が世界レベルで行われていることなどを考えても、こうした子どもたちの教育の責任主体は国が担うべきであると考えています。』

実は、番組に出演させていただく直前に構成をいただいていて、上の様な質問があることを事前に知ることができ、カンペとして準備をしていました。
ただ、堀さんは現場にも足を運んでくださったり、当日、リスナーの方からの反応をみながら進行されていたので、ほとんど構成の順番通りには進まず、私もカンペみずに、自分の言葉で堀さんとその場で対話させていただくことができました。

堀さんはまさに、ラジオでは『ナビゲーター』なのだな、と感動しきりでした。

さて、この問いに関連して、構成上ではもう一つの質問が用意されてました。
オンエアではお話しなかったのですが、それは

『外国にルーツを持つ子どもたちに対する日本語教育について
 国や自治体に対して、どんな制度、サポートを求めたいですか?』

というものでした。

一応、カンペに私なりの答えを用意しておいたので、ここでご紹介します。

『今、外国籍の子どもの教育は義務教育ではありません。外国人の子どもは教育を受ける権利を持っていますが、その保護者はその子供たちに教育を受けさせる義務を負っていません。

この部分を、国がしっかり「日本社会の子ども」として定義し、日本国籍を持つ子どもたちと同様に外国にルーツを持つ子どもの教育を、公的に位置づけるべきです。

それが根拠となることで、各自治体が外国にルーツを持つ子どもたちの教育に取り組む必然性が生まれます。そこを起点にして、それぞれの地域に住む子どもたちの実態に合わせ、NPO日本語教育専門家との連携により、適切な教育機会や支援が提供できるよう、予算措置を行うべきだと考えています。』
<まず、受け皿を安定させるところから>
まず、公教育を受けさせる義務を国が明確にすることで、国、地方自治体、学校、保護者の役割がそれぞれ明らかにされるはずです。
その上で、専門人材や専門的支援、地域や企業などができることなどを民間と擦り合わせてゆくようなプロセスが必要だと考えています。

現場レベルでは、そんなことを待っていたら、子どもが大人になっちゃうよ、という声が聞こえてきそうですが、様々な施策や制度を、単発、単年度のもので終わらせないために、確たる根拠も急ぎ確立したいところです。

ちなみに、タイトルに入れた『言語難民』という言葉は、昨日のラジオ番組、JAM THE WORLDの放送作家である、きたむらけんじさんが、外国にルーツを持つ子どもたちや日本に暮らす日本語を母語としない方々の、複雑な言語状況や教育格差などの諸課題を、ひとことで伝えられるよう、考えてくださったものです。

こうした方々を、言葉の『難民』にしないために、今、私達に何ができるでしょうか。