NPO法人青少年自立援助センター/YSCグローバル・スクール/田中宝紀 (IKI TANAKA)

NPO法人青少年自立援助センター定住外国人子弟支援事業部統括コーディネーター/ 東京都福生市にて外国にルーツを持つ子どもと若者のための教育・自立就労支援事業運営を担当。Yahoo!ニュース個人オーサー。2児の母。

「全日制に行けるなんてすごい!」の現実-日本語を母語としない子どもの高校進学

今朝、ツイッターのタイムラインで流れてきた2015年9月22日、毎朝新聞の神奈川版の記事リンクにこんな見出しが・・・

高校進学:14年度公立中「国際教室」卒業、外国人の全日制進学率47% 「在県枠」条件厳しく 近くの定時制を受験 /神奈川

http://mainichi.jp/edu/news/20150922ddlk14100041000c.html

 

ぱっと見たときに、「全日制に47%”も”進学できるのか!さすが神奈川県」と思いました。

 

これまで日本語を母語としない子どもたちの言語教育環境は、自治体によって大きな格差があることをお伝えしてきましたが、その中でも環境が比較的整備されている地域は日本の西側に多く、愛知県や静岡県など、もともと日系ブラジル人が多く暮らしてきた地域が「先進地域」となっています。

 

逆に、取り組みが不十分な「後進地域」の多くが、日本の東側にあり、東京もその「後進地域」に含まれます。その中でも、神奈川県はもともと海外の方が多いこともあり、横浜周辺を中心に日本語を母語としない子どもたちや海外にルーツを持つ住民へのサポートが東京と比べると充実しています。(神奈川の方は「まだまだ」とおっしゃいますが・・・)

 

冒頭にご紹介した毎日新聞の記事、

15年3月に国際教室を卒業した全生徒251人の進路を調査した。公立校への進学率は全日制47%(119人)、定時制29%(72人)。外国人と日本人生徒を合わせた全日制進学率63%、定時制3%と比較すると、外国人が全日制に進学することが困難な状況がうかがえる。

 とのことで、日本人をあわせた全体の数値と比べ、国際教室卒業生の全日制高校進学率が低いことを問題視する記事ですが、東京の西側で子どもたちを支援してきた私たちにとっては、全日制高校に半数近くもの生徒が進学できていることに、「さすが神奈川」と驚かされたところです。

 

<なぜ日本語を母語としない子どもの「全日制高校進学」が難しいのか?>

高校入試制度は都道府県単位で大きく異なるので、一概には言いづらいところがありますが、いくつか理由が挙げられます。

 

1)外国人生徒を対象にした入学者選抜の有無が自治体により異なる

愛知淑徳大学の小島祥美先生が平成22年に発表した調査(「2011年度外国人生徒と高校にかかわる実態用さ報告書(全国の都道府県・政令都市の教育委員会+岐阜県の公立高校から))によると、調査回答のあった59の教育委員会のうち、外国人生徒を対象にした入学選抜が有る、と答えたのは全日制高校で16箇所、定時制高校で10箇所でした。

 

また同調査によれば、外国人生徒を対象にした入試特別措置が有る、と答えた自治体は全日制高校で30、定時制高校で29箇所、という回答でした。

 

 

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外国人生徒を対象にした入学選抜も、入試特別措置も何もないという自治体も複数あり、あらためて地域間格差の大きさを思い知らされました。(この調査は2011年度時点のものなので、現在の状況は異なる自治体もあります)

 

*試特別措置の内容は自治体により異なりますが、

・試験時間の延長(10分程度)

・辞書の持ち込み

・漢字へのルビ振り

などが一般的です。このほかに、受験教科の限定(理科、社会は免除など)などの措置を行っている自治体もあります。

 

2)「外国籍」と「来日後3年」の壁

→多くの自治体で、「外国籍を有している」ことと、「来日後3年未満」であることが外国人等を対象とした入学選抜や入試特別措置を受けるための条件となっています。

つまり、日本国籍を有する日本語を母語としない生徒は、来日が3年未満であって日本語ができなかったとしても、この枠組みを利用することはできません。

一方で、文科省の調査でも明らかになっていますが、日本国籍を有しながらも日本語指導を必要とする児童生徒の数は増加傾向にあり、現場でも「外国籍でありさえすれば全日制にいけたかもしれない」という生徒は1人、2人ではありません。

 

また、学校での勉強や抽象的な概念獲得などに必要となる「学習言語」と呼ばれる言語領域は、日常会話と異なり、習得までに5~7年を要するといわれていて、来日後3年未満で、何の特別な措置もなく日本語を母語とする生徒と同じ土俵で入試を受けることは、とても困難です。

 

3)高校進学に関する適切な支援へのアクセスがない

過去記事 

ikitanaka.hatenablog.com

 にも都立高校を受験する15歳前後の子どものことを中心に書きましたが、日本語を母語としない子どもたちの高校進学率(全日、定時あわせて)は50%前後といわれています。

こうした進学率の格差が生まれる要因の一つは、適切な支援と情報へのアクセスが極端に限られていることです。

 

私たちの現場、東京の西側、多摩地域では適切な支援機会が不足し、入試制度上の配慮も少ないことから、日本で生まれ育ったお子さんですら全日制高校への進学は「厳しい」ことが少なくありません。

 

そういう意味では、先にご紹介した神奈川県の状況は、「国際教室」という適切な支援につながった子どもが、制度的にもある程度配慮された状況であれば、そのうちの50%は「全日制高校」に進学ができる、ことを示しているともいえるのです。

 

<私たちが『「全日制高校」に行ってほしい』と願うわけ>

私たちの現場で支援を受けた子どものうち、97%以上が高校に合格します。一方で、全日制高校に合格できるのは、外国籍・来日3年未満の用件をクリアした子どもか、幼少期に来日し、家庭内の環境が安定しているなど、ごく限られた子どもたちです。

以前、定時制高校にかかわりのある方から「定時制高校に行くことが悪いような表現は避けてほしい」と言われたことがあります。もちろん、定時制高校のほうが合う子どももいますし、学校によっては非常に手厚い支援を、日本語を母語としない生徒に用意して下さっている学校もあります。

それでも私は、定時制が「最適」という状況でない子どもたちは、可能な限り全日制高校に行かせたい、と考えています。

その理由の1つが、中退率の高さです。

これまでに、現場では100余名の生徒の高校進学を支援してきましたが、残念ながらそのうちの、20%以上がすでに高校を中退しています。中退した生徒のほとんどが、定時制高校に進学した生徒たちです。

高校を中退した後に再入学した生徒もいますが、そうでない若者たちのその後の就労状況は決して良いものではありません。全日制だからと言って中退しないか、というとそうではないのですが、今までの数少ない支援経験から、全日制高校に進学した生徒たちの方が、全体的に「高校生らしい」安定した生活を送っている傾向にあるのです。

 

また、もう一つは「夜間」の心理的ハードルの高さです。特に女の子の場合、夜間に外出すること自体が本人と親御さんにとって抵抗が強い場合があります。夜間に年頃の女の子が、学校へ行くためとは言え外出することへの不安は、開発途上国など、夜間の安全が確保しづらい国にルーツを持つご家庭に強い傾向があります。

定時制しか行けないくらいなら、働かせたい」という親御さんもおり、昼間の学校に行ってほしいと願う気持ちが強く伝わってきます。

かと言って、残念ながら現時点では全日制高校への進学はハードルが高く、地域の定時制高校の先生方と連携を取り、日本語を母語としない生徒にとって、よりよい進路が開けるよう模索しています。

 

「高校進学・卒業」は人生のすべてではありません(かく言う私も、高校中退→24歳で高卒認定取得後に大学進学しています)。ただ、自立への一歩であることに間違いはありません。

子どもたちの言語難民とも呼びうる状況を放置しておいては、彼らの近い将来の自立はままならず、その結果として、日本社会にさらなる負担が積み重なるリスクがあります。子どもたち1人1人の人生だけでなく、私たち自身に関わる課題なのだと、くどいようですが声を大にして皆さんにお伝えしたいところです。