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NPO法人青少年自立援助センター/YSCグローバル・スクール/田中宝紀 (IKI TANAKA)

NPO法人青少年自立援助センター定住外国人子弟支援事業部統括コーディネーター/NPO法人多文化共生子ども・若者プラットフォーム理事長。 東京都福生市にて外国にルーツを持つ子どもと若者のための教育・自立就労支援を担当。7歳と3歳の2児を育てるフルタイムワーキングマザー。

日本語で育つ子どもたちは、すべて日本の子どもであると言いたい

ウティナン君に想いを寄せて

 

山梨県に暮らす、タイにルーツを持つ、ウォン・ウティナン君のニュースをご存知でしょうか?

 

ウティナン君は日本生まれ・日本育ちですが、お母さんがビザが切れた状態で超過滞在だったため、在留資格のないまま各地を転々と隠れるように生活してきたそうです。

 

小学校に通うこともできず、山梨県が2011年に行った外国籍の子どもの不就学調査により発見され、その後、公立の中学校に編入しています。7年間の教育の空白期間があったにも関わらず、支援団体の支援を受けて学力を高め、高校進学も果たしています。

 

ウティナン君は、2013年に入国管理局に在留特別許可を申請しましたが、2014年に入管が言い渡したのは退去強制処分。その取り消しを求めていた訴訟で、東京地裁は6月30日に、ウティナン君側の請求を棄却する判決を出しました。

 

 

「日本で生まれたことが罪なのでしょうか?」

 

 

そのウティナン君が、昨年裁判官の方に宛てて書いた手紙の内容が、ふたたび話題になっています。

 

「・・・僕が生れたことは悪いことだったのでしょうか?僕は産んでくれたことを感謝しています。生んでもらって良かったし、友だちと楽しく、一生懸命生きていきたいと思っています。どうか僕のことを認めてほしいと思います。何も悪いことをしていないのに、なぜ罪があるように扱われるのでしょうか?僕が日本で生まれたことが罪なのでしょうか?僕は悔しいです。」

 

「・・・どうか在留を許可してください。僕たちを認めてください。僕はまだ子どもで力が足りません。やっと高校に入ったばかりで、これからますます勉強をしなければなりません。どうか力を貸してください。僕は、勉強を続け、立派な大人になって、真面目にしっかり働いて、僕のように困ってる人がいたら手助けできる人になりたいと思います。お願いします。」

 

(いずれも、2015年4月24日Huffington Post掲載記事より抜粋 「日本で生まれたことが罪なのでしょうか?」日本生まれ日本育ちのタイ人少年、在留許可を求める」 )

 

 

・・・現在、私たちの現場には在留資格を持たないお子さんは在籍していません。でも、ウティナン君のように日本で生まれ育ち、自分のルーツのある国に行ったこともなく、その国の言葉も文化もほとんどわからないという子どもは少なくありません。

 

「自分は外国人である」と考える子どもたちもいれば、「自分は見た目こそ違えど、日本人である」と考える子どもたちもいます。まだ自らのアイデンティティに悩んでいる子どもたちもいます。

 

でもこうした子どもたちの多くが、将来日本以外の国で暮らす、というイメージは持っていません。日本の中で高校に進学し、大学や専門学校などへ行き、就職をして、恋をして、結婚をして、子どもを育てて、親孝行をして・・・。

そんな将来像を描いています。

 

子どもたちと私たち(あるいは、私たちの子ども)とは、何か、違いがあるでしょうか?

 

 

日本人とはだれなんでしょうか

 

 

私自身も海外にルーツを持っていますが、「紙一重」の事柄が重なって、日本国籍の日本人として生まれました。その事実を知ったのは中学生になってからで、それまでは疑いようもなく、自分は「日本人」と言い切れましたが、それ以来は日本人とはだれなのかということをよく考えるようになりました。

 

その作業は、時にとても苦痛でしたが、ある時にふとこの苦痛の源泉は「日本人=単一民族」だと思い込んでいる、そういう価値観をどこからともなく刷り込まれている事なのだと考えるようになってから、気持ちが楽になったことを思い出しました。

 

今、「日本人」を定義するときに「血の純粋さ」が大切だというようなことを心の底から信じている人はどのくらいいるでしょうか?

 

先日、台湾にルーツを持つ作家、温又柔さんとお話をしたときに、温さんが冒頭から「そんなこと言ったら遣唐使の時代までさかのぼらなきゃ!」と満面の笑みでおっしゃっていました。

 

私たち日本と呼ばれる国に住んでいる人々の多様性は、昔々から存在していて、すでにいろいろなルーツを持っている人々の集合体が混ざり合って成立しているのが日本人なんだと、外国にルーツを持つ子どもたちの支援をしている今現在は、より強く感じています。

 

国家、と呼ばれる単位の枠組み自体が揺らいでいて、あちこちでそのひずみが明白になっている現在においては、もはや国籍で人を定義することや移動を制限すること自体に無理があるのかもしれません。

 

 

今、もし「帰りなさい」と言われたら・・・

 

 

先ほど、私は「紙一重」で日本国籍を持っている、と書きました。そんな立場もあって、ウティナン君のニュースを初めて耳にした時から、ある嫌な想像をするようになりました。

 

たとえばこの紙一重で持っている日本国籍が、ある日突然役に立たなくなって、「実の親または祖父母に外国出身者が含まれている者は日本人ではない」

みたいなルールの変更が突然起こったとしたら・・・

 

入管なりなんなりが私のところにやってきて、「あなたは外国出身者の子どもなので、そちらの国に帰ってください」と言われたら・・・そんなことは起こり得ないと思いながらも、でもそうなったらどうしよう?と考えを巡らせては、恐怖に身震いしたりします。

 

 

母なる国、日本に暮らす子どもたち

 

 

・・・多感な年齢でそんな事態に直面しなくてはならないウティナン君。同じように日本という国で生まれ、日本語で日本社会に育つ外国籍や無国籍の子どもたち。

 

その子どもたちの「母なる国」、日本。

 

少なくとも、言葉と社会を共有するこうした子どもたちを、私は、日本の子どもとしてとらえています。

 

日本で生まれ、日本語で育つ子どもは、すべて日本の子どもとして守り、育てる・・・その程度には人道的な国の「国民」でありたいと願っています。

 

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この記事は、Readyforにてクラウドファンディング中のプロジェクト「日本語がしゃべれず、ひとりぼっちの子どもにオンライン授業を!」新着情報記事から転載しています。