読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

NPO法人青少年自立援助センター/YSCグローバル・スクール/田中宝紀 (IKI TANAKA)

NPO法人青少年自立援助センター定住外国人子弟支援事業部統括コーディネーター/NPO法人多文化共生子ども・若者プラットフォーム理事長。 東京都福生市にて外国にルーツを持つ子どもと若者のための教育・自立就労支援を担当。7歳と3歳の2児を育てるフルタイムワーキングマザー。

義務ではないけど「みんなそうしてる」の壁-外国人生活者に届かない生活情報グレーゾーン

f:id:ikitanaka:20161227170356j:plain

たった1人、小学校の入学式にジャージで出席したAさん
 

それは私の息子の入学式の時のことでした。いわゆるセレモニースーツを着た親子で色めきだっていた学校の体育館。中には普段着で出席している外国人保護者が数名いましたが、その子どもたちはスーツやドレスを着せてもらい、ピカピカのランドセルを背負っていました。

 

そんな中、たった1人だけジャージのズボンにトレーナーという姿で入場してきたのが、Aさんです。Aさんは小学校入学の数か月前に来日し、日本語がほとんどわからないひとり親のお母さんと共に生活していました。

 

 

多言語での情報提供は進みつつあるけれど・・・

 

外国人保護者にとって日本の小学校に入る際、その教育システムの違いや学校関係の「用語」(うわばき、筆箱、体育、遠足など)が理解しづらく、第1の壁となっています。このため、自治体や支援関係者により、外国人保護者のために日本の学校制度や、写真やイラストなどを使って学用品などを説明した資料が多言語で作成され、その多くが無料で公開されるなど、情報提供への努力が各地で行われています。

 

一方で、子どもの教育に関わる事項の中には、明文化されていない「慣習」的な部分もあり、その「見えない学校文化」とも呼び得るものは地域差もあり、こうした多言語情報には含まれないことが多くあります。

 

あえて「セレモニースーツを着ない選択」なら良いのだけど・・・
 

その内の1つが、「入学式のセレモニースーツの着用」であり、なんとなく私たち日本人にとって当たり前ではあるものの、義務ではないというグレーゾーンでもあります。

 

こうした多分に文化的な情報は、すでに子どもが小学校に入学したことがある「先輩外国人」からのアドバイスがなければ、来日したばかりの外国人保護者にとってキャッチすることが難しいものとなっています。

 

もちろん、義務ではないため普段着で出ること自体は何の問題もないはずですが、きれいなスーツを着た1年生の中で「たった1人」普段着を着ていたAさんがどのような気持ちで式の間過ごしたのか、は気になるところです。

(当のAさんは気にしていないかもしれませんが・・・)

 

もし、Aさんのお母さんが「日本の小学校の入学式にはセレモニースーツを着る」ことが圧倒的に多い、という情報を得ていて、その上でわが子に普段着で出席させるという選択をしたのであれば、もう何も言う事はありません。(私個人もこの「慣習」にはやや懐疑的で、不必要では、と思うところも)

 

でも私が知る限り、Aさんのお母さんは日本語がわからず、同じ国の出身者とのつながりも希薄な様子がうかがえ、おそらく入学式の服装についての情報は事前に得られていなかったのではないかと思います。

 

生活者である外国人にとって伝えるべき情報をもう一度考えたい

 

この手の慣習的情報は、義務ではないため、自治体が提供することは難しい側面もあるかもしれません。民間の支援者にとっても、伝えるべき情報として多言語化するかどうか判断に悩むところかもしれません。

 

学校の入学式以外にも、冠婚葬祭や地域活動など、「決まってはいないけれど、なんとなく、みんながこう」という慣習的な部分こそ、長く日本に暮らす(あるいはこれから暮らしていく)生活者の外国人にとって「壁」を感じるものであるかもしれません。

 

以前は外国人の方々は1つの特定のエリアに集まって暮らすことが多くありましたが、現在は多くの自治体に生活する外国人がいるような状況でもあります。同じ国の出身者が1人もいない、というような事もあるでしょうし、同じ地域に暮らす外国人同士だからと言ってネットワークが形成され、情報を交換しているとは限りません。

 

特に子育てをする外国人保護者の「孤立」は、課題として取り上げられることも増えてきました。

 

外国人の方々の日本への定住・永住志向の高まりと、散在化が全国的に指摘されている中で、あらためて「日本で生活をすること」を念頭に、生活文化や地域の慣習などを含また情報提供の在り方を考えてみたいと思っています。