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NPO法人青少年自立援助センター/YSCグローバル・スクール/田中宝紀 (IKI TANAKA)

NPO法人青少年自立援助センター定住外国人子弟支援事業部統括コーディネーター/NPO法人多文化共生子ども・若者プラットフォーム理事長。 東京都福生市にて外国にルーツを持つ子どもと若者のための教育・自立就労支援を担当。7歳と3歳の2児を育てるフルタイムワーキングマザー。

オランダに移住なさったご家族のブログを拝読して―日本語を母語としない子どもの支援者より、「子どもは小さいうちから海外に出るのはちょっと考えたほうがいい理由」

オランダ移住は単純にうらやましいです

広告代理店をおやめになり、オランダへ移住なさった吉田和充さんという方のブログを、転載先のライフハッカー経由で拝読しました。


タイトルは『オランダ移住から2カ月。我が子の順応性を見て気づいた「子どもは小さいうちから海外に出たほうがいい理由」』。

www.lifehacker.jp

 

まず初めに、私は吉田さんという方と面識もなければ、オランダへの移住を非難するつもりもなく(逆にうらやましい)、また、こうして吉田さんという方が書かれたブログを通して、子どもの言語発達について、私を含めて多くの方が考える機会を得られたことに感謝をしていることを、あらかじめお断りしておきます。

 

そのうえで、吉田さんがブログで書かれていた内容について、日本という海外に外国からやってきて、小さいうちから住んでいる日本語を母語としない子どもたちの現状を目の当たりにする支援者として、どうしても言及しておかなくては、と感じる事があり、この記事を発信することにしました。

 

決して何かを否定するものではなく、吉田さんがブログで発信してくださったエッセンスを軸に、現場での経験を踏まえて気を付けておきたいことをお伝えできたらな、と思います。

 

 日本語を母語としない子どもたちの支援者として、ココが気になる

 

まず、吉田さんのブログ記事の内容を確認しながら、私個人が「日本語を母語としない子どもたちの支援者」として気になるポイントを拾ってみます。

1)吉田さんは2カ月前にオランダへ移住なさった

  →うらやましいです。

 

2)6歳と2歳のお子さんと共に暮らしている

  →うちも子どもが4歳差で親近感。

 

3)上のお子さんは、オランダ語を学ぶ語学学校の小学校に通っている。

  →オランダ語を学ぶ語学学校の小学校、とは、ESLのDutch版のようなものでしょうか。さすがオランダ。移民向けの教育環境が整備されていますね。

 

4)上のお子さんは、すでに吉田家で一番のオランダ語の使い手となり、通訳をしてくれることもある

  →初期的には、上のお子さんにとってこの事実(自分が家族の中でオランダ語が一番できる)は自信となるでしょう。(ポイント1)

 

5)子どもの順応性は驚くほど高く、小さければ小さいほど海外は「楽」である

  →これはお子さん自身の性格や特性などに左右されそうですし、小さければ小さいほど、海外移住の際に気を付けなくてはならないことも(ポイント2)

 

6)下のお子さんは、日本語と英語とオランダ語が完全に混ざった状態で、吉田さんはこの点は問題だと考えておられる

  →吉田さんの下のお子さんの状況への問題意識はその通りです。(ポイント3) 

 

ということで、ポイントを3つ、拾い上げることができました。

これ以降は、話題提供してくださった吉田さんのブログに感謝しつつ、脇に置いて、単純にポイントごとに気を付けたいことをご紹介します。

 

 子どもが小さいと、それなりの「リスク」

 

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<ポイント1>「家族の通訳」を子どもが担うことのリスク

私が出会う現場の子どもたちの中にも、親御さんが10年、20年と日本で暮らしていながら、日本語がなかなか上達せず、次第に公立の学校で学ぶ子どもの方が日本語がよくできるようになったので、生活の多くの場面で「子どもの日本語力を親がアテにする」という状況が見られます。

 

そのことは、子どもにとって「家族の役に立っている」という自信をもたらすかもしれません。しかし、次のような状況ではどうでしょうか。

 

・保護者が病院へかかるため、通訳が必要になり子どもが学校を休んで親の病人につきそう

・子どもの学校に保護者が呼び出され、先生が子どもにとって都合の悪いことを話さなくてはならないときに、それを子ども自身が通訳する

 

前者は病院にとどまらず、役所での手続きなどの場面でも、子どもが学校を休んで保護者に同行することがあり、場合によってはかなりの欠席日数となることも。また、後者は先生が100しゃべっているうちの10しか子どもが通訳しない、都合の悪いことは親に伝えない(その逆も)などが起こる可能性があります。

 

子ども自身も、「何年も日本に暮らしているのに、ちっとも日本語ができない親」の存在を負担に感じ、親を尊敬できないなどの影響が出ることがあります。

 

欧米など、移民受け入れ態勢が整っている地域では、公的な通訳配置が進んでいてこのような状況にはならない可能性もありますが、やはり保護者自身が身の回りのこと、子どもの教育にかかわることなど、ある程度自立的にコミュニケーションが可能な語学力を身に着けておく、そのための機会が社会から提供されるに越したことはありません。

 

<ポイント2>子どもが小さければ小さいほど、「海外」で生活することのリスク

私たちの現場にやってくる子どもたちのうち、子ども自身の心身の発達に困難を抱えるケースは、小さなうちに来日したお子さん、日本生まれ・日本育ちのお子さんにほどよく見られます。

 

10代に入って、思春期を日本で過ごすことで発生するリスクももちろんあるのですが、ティーンエイジャーでの来日とそれ以前との来日では、リスクの種類が異なります。そして後者のリスクの方が、そのお子さんの「全人的な発達」に影響を及ぼす可能性が高く、注意が必要だと考えています。

 

ポイントは「母語が確立されているかどうか」です。

 

母語も日本語も中途半端となってしまったダブルリミテッドのお子さんや、母語は完全に失ってしまい、日本語が唯一の言語にも関わらず日本語自体が小学校低学年程度までで伸び悩んでしまうシングルリミテッドのお子さんの事例については、私個人のブログや講演などでもたびたびお伝えしてきました。

 

自宅から一歩外に出れば、圧倒的な外国語(日本語)社会の中で、家庭の中だけで母語を維持することは、親御さんのよほどの覚悟と時間が必要です。子どもが普段目にすることのない文字を習得させ、語彙を覚えさせ、年齢相応のコミュニケーションができるよう、手をかけ続けなければなりません。

 

そして小さければ小さいほど、長期にわたって、より多くの努力を子どもの母語学習に注がなくてはなりません。さらに、その努力をしないことで子どもに及ぶリスクは、幼少期であればあるほど、大きいことを実感しています。

 

<ポイント3>幼い子どもの言葉が「ちゃんぽん」になってしまうリスク

ポイント2に共通しますが、やはり小さければ小さいほど、母語とそうでない言語の使い分けは難しく、また、社会の中でより多く接する言語が母語でなかった場合に、母語を失うリスクは高まります。

 

これを自然に任せておいても、会話をするうえで、一定の期間が経過した後にお子さんが自然と母語母語でない言語の使い分けができるようになる場合もありますが、お子さんによってまたは家庭内での言語状況によっては、母語の力が弱まり、「聞けばわかるけど話せない」「会話はできるけど読み書きできない」などの状況に陥ることがあります。

 

小さなお子さんが、日本語、英語、母語とまぜこぜで話す様子が見られたら、まずは家庭の中で、母語の発達を促進できるような取り組みを徹底してください。親御さん自身が言葉を「ちゃんぽん」することは、おすすめしません。

 

「国を移動すること」を選択する余裕があるのであれば、少し立ち止まってほしい

 

小さいうちは、親子間で交わされる言葉も簡単で、語彙(単語)の数もそれほど多くはありません。このため、日本に暮らす外国人保護者も、子どもが日本語が上手になるように、と思い(あるいは周囲にそう”すすめられ”)家庭の中で日本語を使うことがあります。

 

そしてその親が子どもを思う気持ちが、子どもの母語の発達を不十分なものに留めてしまった上、保護者自信が日本語の読み書きが十分にはできないレベルの日本語の力しかない場合は、子どもが成長し、学校に入学した後に

 

・子どもの宿題を見てあげることができない

・学校から出された「おたより」が読めない

・面談時に先生の言っていることがわからない

母語がほとんどわからない子どもと、日本語で深い会話をすることができない

 

など、お子さんの年齢が上がれば上がるほど、困難の度合いが高まりますし、親子間のコミュニケーションにも大きな支障をきたします。

 

このように、日本という海外で子育てをする家庭が、子どもの言語発達や教育に関する領域で困難に直面するケースを数多く見てきました。

 

でも彼らが「子どもと共に日本で生活する」こと自体は非難すべきことではありません。途上国で仕事がなく、生活が成り立たないことをはじめとして様々な理由で日本へ来ることを選択し、すでに日本社会の一員としてともに子育てをする仲間として、サポートできることは民間の私たちのような活動を含めて、社会全体ですべきだと考えています。

 

一方でもし、冒頭の吉田さんのように、(おそらく)生活に余裕があり、今すぐに移住しなくても生きていける、という状況であれば、海外移住を選択する前にぜひ、お子さんの母語の発達について、家庭の中でどのように支えることができるのか、移住先で母語支援を受けられるのかどうか、など、情報と知識を入手し重要な検討項目の一つに組み込んでいただけたらと思います。

 

そしてもし、移住先の国で母語の発達を支えきれそうになければ、お子さんがある程度母語を確立できるといわれている10歳前後になるまでは、移住を遅らせることも、可能性の一つとして頭の片隅に入れておいていただけたらと思います。

 

長くなりましたが、以上、日本で、日本語を母語としない子どもたちを400名以上サポートしてきた私が考える、「子どもは小さいうちから海外に出るのはちょっと考えたほうがいい理由」でした。