NPO法人青少年自立援助センター/YSCグローバル・スクール/田中宝紀 (IKI TANAKA)

NPO法人青少年自立援助センター定住外国人子弟支援事業部統括コーディネーター/ 東京都福生市にて外国にルーツを持つ子どもと若者のための教育・自立就労支援事業運営を担当。Yahoo!ニュース個人オーサー。2児の母。

都立高校定時制出願当日に、外国にルーツを持つ若者が小学校卒業証明の提出を突然求められた件の一部始終と、東京都教育委員会の方への心からのお願い

2月4日、スタッフからの連絡にわが目を疑う

外国にルーツを持つ若者の高校進学をサポートし続けて6年。

日本語を母語としない子ども・若者の都立高校進学が狭き門であること、このブログでもお伝えしてきましたが、当スクールにやってくる生徒の多くは、他に選択肢が持てず、定時制高校がその進路になります。

周辺には4校の定時制高校があり、うち3校では、当スクールからの”卒業生”を含め、少なくない数の外国にルーツを持つ若者が学んでいます。(ご高齢の方の学び直し目的での通学はあまり多くありません)

今年もスクールから6名の生徒が都立X高校定時制に出願することになり、2月4日の夕方、多文化コーディネーターの引率で出願にむかいました。

 

私はその時、別の場所にいたのですが、スタッフからの連絡で6年の支援期間の中で初めての事態が発生していることを知り、わが目を疑いました。信じがたい出来事に、連続で状況をツイートしたところ、多くの方が関心を持って下さり、助け舟のお申し出もいただきました。

 

その時のツイートがこちらです。

 

 

結果からお伝えすると、小学校卒業証明を求められた生徒とそうでない生徒がおり、小学校の証明を求められた(そして当然、出願書類としてその場にはそれを持参していなかった)生徒も含め、すったもんだの末、出願は受理されたそうです。

(不幸中の幸いです)

 

(*2つ目のツイートで、『要項にも記載のなかった書類を急に求められ』と書きましたが、『小学校卒業証明が必要』との記載がなかった、という意味で、誤解を招く書き方だったかもしれません。この点お詫びします)

 

昨晩は引率したコーディネーターから詳しい様子を直接聞くことができなかったのですが、今朝、あらためて確認したところ、以下のような状況だったそうです。

 

2月4日に都立X高校定時制出願窓口で起きたこと(スタッフからのヒアリングに基づく)

当日、外国にルーツを持つ生徒6名を引率しスタッフが当該高校窓口へ。このX高校定時制には、当スクールから毎年5名前後が入学してきた関係の深い高校です。

 

日本の中学校に在籍している生徒2名は日本の公立中学校からの書類のみで問題なく受理。その後、9年間の教育課程を中国で終了し、中国の中学校卒業証明を持って出願した2名の中国籍の生徒(Aさん、Bさん)の書類が受理されました。

 

続いて先のAさん、Bさんの書類を確認した担当者とは別の担当者に出願しようとしたフィリピンにルーツを持つ日本国籍の生徒(Cさん)と中国籍の生徒(Dさん)が、Aさん、Bさんと同様に出身国の中学校卒業証明書類とともに出願しようとしたところ、これでは9年間を修了したことが証明できないので、小学校の卒業証明が必要だということを言われました。

 

都教委は確かに都立高等学校応募資格審査取扱要項( http://www.kyoiku.metro.tokyo.jp/pickup/p_gakko/28boshu/sankou4.pdf )という書面の中で、「外国において9年の課程が修了したことがわかる卒業証明書等」の提出を、外国で教育を受けてきた外国人に求めています。一方で、外国にルーツを持つ子どもたちの高校進学を支援して6年間。定時制高校出願時に小学校卒業証明を求められた生徒はこれまでに1人もいませんでしたし、今年も事前相談にX高校へ行った際に、Cさんはフィリピンの中学校卒業証明を学校側に提示し、「これで大丈夫です」との回答を得ていたところでした。

 

にも関わらず、出願当日になったて、たまたま書類を受け取った担当者の判断次第で「9年修了の卒業証明」に必要な書類の内容をその場で変えるという属人的な対応がなされた、という事態でした。

 

今回出願した生徒たちは、たまたま私たちの現場のスタッフが付添い、「それはおかしい、同じ書類でAさん、Bさんはすでに受理されている」と抗議したことで出願受理となりましたが、これがもし外国にルーツを持つ生徒と外国人保護者のみでの出願時であったら、その生徒は出願を無理だとあきらめてしまうことになりかねません。(日本以外の国から学校関係の証明書を取り寄せるとなると、国によっては長い時間を要する場合があり、今日、明日で準備できるものではありません)

 

「9年の教育課程を修了した証明」に中学卒業証明では不十分とはこれいかに。

この一言につきます。

ちなみに、全日制高校を受験する中国籍の生徒が、中国の小学校の卒業証明を求められた経験はあります。この時は少なくとも出願の前にはそのことがあきらかになっていました(国によって対応を変えるのもおかしな話ですが)。ただ、周辺の定時制高校にあっては、今回初めてのケースであり、また、X高での事前相談時には中学卒業証明で十分であることが確認されたうえでの事態です。

 

東京都教育委員会は、「9年修了の卒業証明書」の定義についてあらためて見直す必要があるのではないでしょうか。

万が一、今後も「どこの国で教育を受けてきたか」で提出する書類が変わるのであれば、事前に、その国の方々が理解できる言語で、そのことをはっきり明記すべきですし、ましてやその対応が、同じ学校内において担当者1人の判断でイエスにも、ノーにもなることがないよう、適切な入試システムの運用を切にお願いしたいところです。

 

外国にルーツを持つ若者の高校進学率は、大阪や三重など、こうした子どもたちに対して「人権」の観点から対応を行っている自治体では90%をゆうに超えているにも関わらず、東京都ではいまだに60~70%程度であると推測される後進ぶりです。

 

これがグローバル化にまっさきに対応せんとする”国際都市TOKYO”のあるべき姿であるとは思えません。今回の件は、X高校の窓口のご担当者1人の判断によって、外国にルーツを持つ生徒の人生を大きく左右する可能性があったことや、蛇足ですが、2020年のオリンピックで大活躍するかもしれない「バイリンガル都民」の卵を潰してしまうかもしれなかった対応であったこと、東京都教育委員会の方々にはぜひご認識をいただければと思います。

 

 

 

 

 

日本語がわからない子ども、「この学校に1人だけ」43%-外国人散在地域の子どもの日本語教育をどうすべきか考えた

日本語がわからず「お客さん状態」は子どもにも先生にもつらい

外国人散在地域、という言葉を聞いたことがあるでしょうか。

「がいこくじんさんざいちいき」と読み、外国人が多く集まっている外国人集住(しゅうじゅう)地域と対を成す言葉です。(詳しくは過去記事を)

 

このブログでも何度も取り上げている文科省による調査「日本語指導が必要な児童生徒の受入状況に関する調査」平成26年度版によると、日本語指導が必要な外国人児童生徒がその学校に1人だけ、という「1人在籍校」の割合が最も高く、43.7%に上っています。(下図は同調査より抜粋)

ちなみに、日本国籍の日本語指導が必要な児童生徒の場合、1人在籍校の割合は全体の52.9%です。

 

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日本語がわからない子どもが学校に入学、転向してきたけれど、他にそういう子どもは在籍しておらず、自治体全体でも数名しかそういう子どもがいない、という状況が外国人散在地域には多く見られます。

 

自治体単独では予算も人材も確保できない中、外国にルーツを持つ子どもがただただ毎日学校で机に座っている「お客さん状態」となっている現状。子どもにとっては本当につらいだろうと思います。そして、そうした状況がクラス内で発生してしまった担任の先生の不安や戸惑いも大きいだろうと思います。

 

今検討されている「拠点校方式」のコストが気になる

文科省で行われている学校における外国人児童生徒等に対する教育支援に関する有識者会議では、現在、拠点となる学校を設けて、そこから指導教員を派遣する案が浮上していると西日本新聞が記事を出していました。

 

www.nishinippon.co.jp

 国は日本語を指導する教員配置を進めているが、十分な対応が困難になっている。九州の現状からも、その理由は明らかだ。

 対象者の約6割が福岡県に集中するが、他の6県でも約40人~約100人が通学している。子どもの母語は中国語とフィリピン語で約5割を占める一方で、タイ語インドネシア語など多数の「その他言語」も約210人に上る。

 外国人の子どもが1、2人しかいない学校が、広く散在する。加えて、多様な母語に応じる必要があるため、地方では指導教員の確保が難しいのだ。

 有識者会議では、「拠点校」を設けて、指導教員を派遣する案が浮上している。妥当な案だが、きめ細かに支援できるネットワークの整備が不可欠となる。指導教員の人材育成や市民団体との連携、情報通信技術(ICT)の活用なども検討課題とすべきだろう。

 見落としてならないのは、生活苦から通学さえできない外国籍の子どもたちである。親の生活支援を含め、対策を強化すべきだ。

 

 たしかに、記事にあるように拠点校方式は1つの妥当な解決策ではありますが、たとえばA校、B校、C校、D校と距離の離れた学校にそれぞれ1人ずつ、日本語がわからない子どもがいて、1日のうちに1人の先生が指導して回るとなると移動時間にコストがかかったり、1人あたりの支援時間数が短くなりそうで、単純にもったいない。

 

そして小学校低~中学年程度なら1対1で短時間に個別指導を受け、あとの時間は教室ですごしたくさんの日本語に触れる、という方向性は「耳で聞いて覚える(自然習得)」ことができる時期として有効だと感じますが、一方で、外国語を自然習得できる年齢には限界があることが指摘されています。おおむね、10才前後。これを過ぎると、体系的に積み上げていく方が一定の成果が見られるというのは、現場の支援経験からもある程度正しいものだと考えています。

 

となると、おおむね10才を過ぎた子どもに対しては、一定期間日本語教育を集中的に実施する「初期指導」を行った後に学校へ通い、個別の補助指導等を各学校で週に数時間行う方が支援にかかるコストや効果(子どもの日本語能力の向上)は高いのではないか。

 

「逆拠点校方式」はいかがでしょう?

 

つまり、拠点校方式であっても、移動すべきは指導者ではなく子どもたちで、たとえば送迎車を導入する等で子どもたちを拠点校に集め、初期的な日本語教育を短期集中で行うという逆の方向性も検討されるべきではないか、と感じました。

 

さらにこの「逆拠点校方式」とも言える方法にはもうひとつメリットがあって、それは「同じ境遇にある外国にルーツを持つ仲間と出会い、短期間であっても共に学べる」という点です。同じ母語の子どもがいれば、情報交換をしたり、母語でおしゃべりをするだけでも精神的に安心することができるでしょうし。

(ちなみに拠点校すら設けられない、逆拠点校方式も実現できない、という場合に備えて、今、無支援状態の外国にルーツを持つ子どもにICTを活用して支援を届ける事業の準備中です。興味のある方は info@kodomo-nihongo.com まで御連絡を)

 

支援者が子どもの母語を話せる必要、ありませんから!

 

そしてさらに言及しておきたいのが、この西日本新聞の記事中にあるような

 

 対象者の約6割が福岡県に集中するが、他の6県でも約40人~約100人が通学している。子どもの母語は中国語とフィリピン語で約5割を占める一方で、タイ語インドネシア語など多数の「その他言語」も約210人に上る。

 外国人の子どもが1、2人しかいない学校が、広く散在する。加えて、多様な母語に応じる必要があるため、地方では指導教員の確保が難しいのだ。 

 

「 子どもの母語が増えれば増えるほど、その母語を話せる人材を探さなくてはならなくて大変だ」というのは誤った認識です。

 

なぜなら、日本語教育の専門家であれば「直説法」という「日本語を使い日本語を教える」という技術を有するからです。この間違った認識を正さない限り、

 

『「外国にルーツを持つ子どもへの対応」=(イコール)その子どもの母語がわかる人材が必要=(イコール)とてつもなくお金がかかる(だから無理)』

 

という無根拠なあきらめにより、子どもに何の支援もなされない状況が発生する現状は変わりません。

 

大切なことなので、もう一度いいます。

 

「 子どもの母語が増えれば増えるほど、その母語を話せる人材を探さなくてはならなくて大変だ」というのは誤った認識です。

 

 

なぜなら、日本語教育の専門家であれば「直説法」という「日本語を使い日本語を教える」という技術を有するからです。

 

そしていかに子どもの母語が多様であっても、集団授業ができるスキルも持っています。「○○語の子どもが転向してきたけど、母語を話せる人がいないから何もできない」と思っている方がいたら、ぜひそれは間違っていることを伝えてください。

 

餅は餅屋へが正解

ここから先は心の叫びですが・・・

日本語教育の専門家が介在しない中途半端な支援を実施しようとすると、いたずらにコストが嵩み、支援を長期化させ、外国にルーツを持つ子どもにとって不利益となるだけでなく、地域全体にとってもマイナスをもたらす可能性があります。

「餅は餅屋」

という言葉がありますが、特に子どもの日本語教育は専門的な知識と技術と経験を必要とする領域です。

 

「学校の先生の力」や「地域の方々」の支援は、その専門領域の外側(「宿題のサポート」や「基礎学力の向上」など)を支えるために活用すべき力であり、日本語教育のど真ん中を担い得るものではないのだ、と。

 

なんだかいろんな方から怒られそうな記事になってしまいましたが、私の心からの実感を持って、力説したいところです。

外国籍受験生に関わる2016年都立高校入試の変更点3つ

遅ればせながら、新年あけましておめでとうございます。

外国にルーツを持つ子ども・若者支援の現場では、毎年1月、2月は都立高校受験を控える受験生たちの追い込みに追われます。特に15歳以上で来日し、日本の中学校に在籍していない受験生たちにとっては、この一年間、日本語をゼロから学んだ後、日本語で数学や英語の入試問題を解くためのトレーニングを繰り返してきました。

 

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(スクールの受験生の様子。徐々にぴりっとした雰囲気に)

 

日本語を母語としない子どもたちの都立高校進学が制度的に厳しい現状は過去記事にも書いてきましたが、今年度の入試(2016年4月入学)より、いくつかの制度変更があり、特定の要件を満たす生徒にとっては、少しハードルが下がっています。

 

この記事では主に外国籍」で、「日本に入国して3年以内」の、都立高校進学を目指す外国にルーツを持つ受験生(”在京外国人生徒”)にとって、関わりのある特別な措置についてまとめます。

4月から都立高校入学を目指している外国にルーツを持つ生徒さん(特に海外で9年以上の教育課程を修了して受験する15才以上の若者)や、支援者の方々は出願まで2週間となった学校もありますので、要チェックです。

 

変更点1:在京外国人枠のある高校が増えました

在京外国人生徒(外国籍、来日3年以内)のための特別入試を行っている都立高校は、昨年度まで3校のみでしたが、今年度の入試から2校増え、以下の計5校になっています。

 

<表:在京外国人生徒対象入試を実施する都立高校>

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いずれも、東京の23区にあり、多摩地域に暮らす外国にルーツを持つ生徒にとっては通学時間と交通費の負担が可能かどうかということが大きなポイントです。

(現場のある東京都福生市からは、もっとも近い高校でも1時間30分程度かかり、遠いから、と諦めてしまう外国にルーツを持つ生徒も少なくありません・・・)

 

変更点2:辞書の持ち込みと試験時間の延長が可能に

 

これも「外国籍」で「来日3年以内」の制約付きですが、これまで試験問題へのルビ振りのみだった特別措置が、緩和されました。これは生徒によっては大きな配慮となります。

 

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<図:都立高校入試Q&A(http://www.kyoiku.metro.tokyo.jp/pickup/p_gakko/28boshu/12.pdf )

より抜粋>

 

ちなみに、持ち込む予定の辞書は書き込みの有無等のチェックのため、事前に受験する高校の出願時に提出しておく必要があります。また、試験時間の延長は10分間となりますので、いずれにせよ事前に模試などで対策をしておきましょう。

*この特別措置は、来日3年以内の外国籍の方であれば、どの都立高校を受験する際にも申請が可能です。

 

 

変更点3:特別措置申請者以外は解答用紙がマークシート方式に

 

今年度の都立高校入試から、一部を除いて、解答用紙が原則としてマークシート方式になりました。(数学の証明問題、英作文などはこれまで通り記入します)

ただ、変更点2で挙げた、外国籍・入国3年以内の受験生が『ルビ振り、辞書持込み、試験時間延長』の特別措置を申請した場合は、解答用紙はマークシートにはなりません。

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<図:東京都教育委員会 「『サンプル解答用紙』を使って都立高校入試に向けた準備をしましょう!」 より抜粋>

 

自分がマークシート方式になるのか、そうでないのかを確認し、いずれにしても何度か解答用紙を使って練習をしておきましょう。

 

マークシート方式の解答用紙を使用する方は、東京都教育委員会のホームページ内ににサンプルが掲載されていて、ダウンロードして練習することができます。

www.kyoiku.metro.tokyo.jp

 

ちなみに、昨年度の過去問にもマークシート方式のサンプル解答用紙がつけられていますので、こちらも活用してください。

www.kyoiku.metro.tokyo.jp

 

おわりに:わからないこと、あいまいなことは直接確認!

 

これまでに106名の外国にルーツを持つ生徒の高校入試をサポートしてきました。出会った生徒の中には、高校入試について、同郷出身者から聞いたあいまいな、誤った情報(外国人は受験できない、など)で立ち止まってしまっているケースもありました。

 

あるいは、本当に残念なことですが、日本人支援者(または中学校の先生)による不正確な情報や進路支援に振り回され、親子で疲弊しているケースもありました。

 

現在、東京都では英語版中国語版韓国語版の受験案内も作成しホームページ上で公開していますし、外国にルーツを持つ親子のための進学ガイダンスを主催している各団体でも正確で必要な情報を得ることができますので、ぜひアクセスを。

(もちろん、当スクールもご相談を受け付けていますので、ぜひ)

 

www.tokyoguidance.com

 

入試まであとわずかとなりました。

全国に暮らしている外国にルーツを持つ受験生全員が、希望にあふれた春を迎えることができますように!

 

2015年もっとも印象に残った外国にルーツを持つ子ども・若者関連ニュース

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2015年も残すところあとわずか。

今年2015年、仕事収めの今日(12月28日)、あらためて外国にルーツを持つ子どもたちや若者に関するニュースのうち、印象に残っているものをご紹介して、終わりたいと思います。

 

<1.教育関係のできごと>

 

●「虹が消える・・・」-文科省虹の架け橋教室終了

 2015年2月、リーマンショックの余波を受けたくさんの外国にルーツを持つ子どもたちがブラジル人学校等に通えなくなった事態の緊急対策として、2009年より実施されてきた「定住外国人の子どもの就学支援事業」(通称:虹の架け橋教室)が終了しました。その後、「定住外国人の子どもの就学促進事業」として自治体が主管となり、それまでNPO等へ全額拠出していた補助金を、自治体が3分の2を負担し、国が3分の1を負担する形式に改められました。

www.nhk.or.jp

 これに伴い、それまで虹の架け橋教室を運営してきた団体の中には教室を閉鎖するに至った事例や、時間数・規模を縮小せざるを得なかったケースもある一方、新しい枠組みでスタートした事業を受託する自治体も限られており、外国にルーツを持つ子どもの教育環境に、一層の自治体間格差が生じました。

 同省の2016年度予算案では当該事業が組み込まれている「帰国・外国人児童生徒等教育の推進」のために2千万円の予算を増やしています。

 

●外国人児童生徒等教育支援のための有識者会議開催

 前回のエントリーでも書きましたが、2015年11月に文科省において「学校における外国人児童生徒等に対する教育支援に関する有識者会議」が開催されました。会議では今後、来年の6月までの間に、学校における外国人児童生徒等に対する日本語指導体制の整備や、日本語指導に携わる教員や支援者の養成・確保、指導内容の充実、外国人の子どもの就学、進学、就職等への対応について等の諸課題が検討される予定です。

 

www.nikkei.com

 

 報道では、日本語ができない子どもの教育について「国が対策に乗り出した」との表現がありました。日本語指導が必要な児童生徒の増加に伴う危機感が土台となり、国として外国にルーツを持つ子どもたちの教育をどう保障して行くのか、責任と予算と実効性を伴う議論となることに期待を寄せています。

 

<2.自然災害に関するできごと>

 

●ネパール大震災を受けて、在日ネパール人の子ども・若者が支援呼びかけ

 2015年4月25日にネパールで発生したM7.8の大地震では多くの方々が犠牲となりました。日本では近年新たに来日するネパール人が増加し、ネパールにルーツを持つ子ども・若者も増えています。こうした在日ネパール人の方々が、大地震発生後に募金活動などを行った様子などがメディアでも多数報じられましたね。

www.kahoku.co.jp

 私たちの現場にもネパールにルーツを持つ子ども・若者が多く在籍していますが、彼らが中心となった募金活動を実施した他、周辺地域に暮らすネパール人の若者たちが追悼集会を開催し、数百名が参加するなど、ネパールコミュニティの存在を感じたできごとでもありました。

 ネパールの復興はまだまだこれから。息の長い支援が必要ですね。

 

●鬼怒川決壊水害でブラジル人学校生徒半数被災

 今年9月上旬に発生した関東・東北水害で、もっとも大きな被害を受けた地域のひとつ茨城県常総市には、約2,000人のブラジル人が住んでいます。ブラジルにルーツを持つ子どもたちが通うブラジル人学校も、生徒の半数の家庭が被災したとのことでした。

www.yomiuri.co.jp

 常総市ブラジル人学校、エスコーラ・オプションでは水害発生より3週間足らずで学校が再開され、そこに通う100名以上の子どもたちにとって、日常を取り戻す足がかりとなったのではないでしょうか。

 この水害でも、防災無線の日本語がわからなかったり、避難所で言葉の壁に苦労したりなど、災害時に日本語を母語としない方々とどのように助け合って行くべきか、課題が再び浮き彫りとなりました。私たちもあらためて、地域の数少ない外国にルーツを持つ子どもの支援機関として、災害時にどう対応するかを考えさせられました。

 

<3.芸能関係のできごと>

 

●外国人タレント、 ”ハーフ”タレントの活躍

 昨年からもその傾向はありましたが、2015年は本当に外国にルーツを持つタレントやモデルさんなどの活躍がめざましい一年だったな、と思います。テレビの世界ではこれまでどちらかというと欧米にルーツのある方々の活躍が目だっていたように思いますが、近年はアジアにルーツを持つ方の活躍も増え、「○○がフィリピンへ”里帰り”」と言った企画も目にするようになりました。(”里帰り”が正しい表現かどうかは問題あり、ですが・・・)

www.nikkei.com

 中には、差別的な言動を受けたことやいじめの体験などをテレビを通して伝えてくださる勇気ある外国にルーツを持つタレントさんもいらして、彼らのような著名な方々が体を張りながら道を切り拓いてくれているようにも感じています。

 一方、テレビの外側では外国にルーツを持つ方々に対するヘイトスピーチSNS上での嫌がらせなどは相次ぎ、あろうことか、子どもに対してもその刃が向けられている状況で、今、日本の社会ではこれまでの「単一民族」幻想が崩れ落ちることに対する恐怖と期待が同時に渦巻き、揺れ動いている狭間にいるのだろうか、とも思う一年でした。

 

ミス・ユニバース日本代表宮本エリアナさんの存在

 今年、印象に残った最後のニュースは、ミス・ユニバース日本代表に、”ハーフ”としてはじめて選ばれた宮本エリアナさんのこと。彼女が「私は日本人」と言い切る姿や、”ハーフ”の友人の自死をきっかけにミス・ユニバースへチャレンジすることで人種への偏見や差別をなくしたい、とがんばる姿が本当に印象的でした。

 

www.huffingtonpost.jp

 

 彼女のように、アフリカにルーツを持つ子ども・若者は、特にその容姿についていじめや差別を受けることが多いように感じます。ありのままの自分が社会から受け入れられないことの悲しみや悔しさや理不尽な想いは子どもたちの中に降り積もり、大きく傷つけられることも少なくありません。

 当事者である宮本さんが訴える姿は、こうした子どもたちの心の傷を少し癒したかもしれません。勇気を与えたかもしれません。けれど、本来ならば当事者が声を上げる以前に、日本社会の大人が人種やルーツによる差別や偏見に気づき、変えていかなくてはならないのではないでしょうか。第2、第3の宮本さんの登場を待っているだけではいけないのだ、と、今年を振り返りながら改めて1人の大人として努力をしなくてはならないと思っています。

 

<おわりに>

 今回、2015年の1年間をまとめるにあたって、取り上げるかどうか迷った出来事があります。それは、今年2月下旬に神奈川県川崎市で起きた、当時中学1年生の上村遼太君が多摩川の河川敷で殺害された事件です。

 つい2日前、日刊スポーツで事件について書かれた記事が出ていました。

www.nikkansports.com

 あの事件は、本当に衝撃が大きく、悲しくて苦しくて、たくさんの事を考えさせられました。当時私が書いたブログ、

 

ameblo.jp

には数万件のアクセスがあり、6千回以上シェアされるなど大きな反響がありました。それはおそらく、私が書いた記事が大半の記事やニュースとは異なり、亡くなられた上村君やそのご家族ではなく、リーダー格であった少年の立場に立脚したものであったからです。

 外国にルーツを持つ、というだけで擁護する気はない。かと言って、そのリーダー格の少年の背後にある(可能性のある)ことを誰一人言及せずに、あの事件が人々の記憶から消えてしまう事は避けたい。そう思い、悩んだ末に書いた記事でした。

 私は2015年、外国にルーツを持つ子ども・若者が直面する困難をを社会化することをミッションに掲げ、これまでにないくらい発信に力を入れてきました。そのミッションはまだ達成できないけれど、あれから10ヶ月が経過し、人々の記憶が薄れ始めたように見える今、あらためて事件を思い起こしながら、2016年も再び、外国にルーツを持つ子どもや若者たちがおかれている現状や課題をしつこいくらいに伝えていこうと決意しています。

 

 

 

日本語が話せない児童生徒が増加。国が対策へ

国が対策に乗り出した!?

www.fnn-news.com

 

一昨日のFNN-NEWSの動画が流れてきました。ニュースの切り口やいくつかの点に若干の疑問は残るものの、最近、こうした外国にルーツを持つ子ども関連のニュースを目にすることが増えたなと思います。時期的なものですね。

 

さて、学校における外国にルーツを持つ子どもと言えば、去る2015年11月5日、文部科学省において学校で外国人児童生徒の教育をどう支えていくかを考える有識者会議が開催され、議事録と関連資料が公開されました。

学校における外国人児童生徒等に対する教育支援に関する有識者会議(平成27年11月5日~)(第1回) 議事録:文部科学省

 

この会議は、以下のような日本語を母語としない子どもたちの課題について検討することを目的に開催されたものです。

 

1.学校における外国人児童生徒等に対する日本語指導体制の整備・充実

(検討課題例)
・散在・集住地域などの多様なニーズに応じた「拠点校」の整備の在り方
・拠点校を中心とした広域連携、幼・小・中・高連携、社会教育関連部署・NPO・企業等との連携等のネットワーク構築の在り方

2.日本語指導に携わる教員・支援員等の養成・確保

(検討課題例)
・日本語指導に必要な教員、支援員、母語による支援員等役割及び配置の在り方
・日本語指導に関する教員・支援員の専門性向上のための方策(養成、研修等の在り方)

3.日本語指導における指導内容の改善・充実

(検討課題例)
・学校教育におけるJSL(第2言語としての日本語)カリキュラム及び外国人児童生徒のためのDLA(対話型アセスメント)の普及・促進方策
・「特別の教育課程」の導入を踏まえた今後の指導の在り方
・日本語指導のための教材の在り方

4.外国人の子供の就学の促進及び進学・就職への対応

(検討課題例)
・就学前段階からのきめ細かな就学相談の在り方
・外国人児童生徒等の保護者への対応に関するサポート体制の在り方
・学齢超過者の就学希望への対応の在り方
・外国人生徒の高校進学の促進方策(外国人生徒等への「特別枠」等)
・外国人生徒の就学促進や就学支援にあたっての企業等との連携の在り方

これまで日本語を母語としない子どもたちに関わる研究者や現場の支援者が声を上げてきた課題の大枠がある程度列挙されていて、この1つ1つの課題にどう対応していくのかが方向付けられていくのだとしたら、外国にルーツを持つ子どもたちの教育は大きな一歩を踏み出すこととなりそうです。

議事録ではさらに現場の状況を踏まえた細やかな議論が展開され、「あるある。そうそう」とうなずくことも多くありました。

 

どうして公教育で「外国人の子」に日本語を学ばせるのか?

 


FNNのニュースのタイトルにも、有識者会議で文科省から提出された資料にもありましたが、日本語指導が必要な児童生徒は10年前と比較して1割以上増えているんです。

日本語がわからない子どもたちが、そのまま学級内で「放置」のような状況になってしまっている学校も少なくなく、何とかしてあげたいけれどどうしたらいいかわからない・・・と困っている先生方もたくさんおられます。

日本語がぜんぜんわからない子どもは、日本の学校で苦労しそうだ

ということは比較的想像がつきやすいのではないでしょうか。
もし自分が子どもで、いきなりアラビア語圏の学校に転向することになったら・・・など、と想像するだけでも苦労の大きさがわかります。

 

f:id:ikitanaka:20151225111416p:plain【資料3-1】外国人児童生徒等に対する教育支援に関する基礎資料  (PDF:1325KB) より)PDF

 

では、なぜこうした子どもたちに公教育内で日本語を教える必要があるのでしょうか?

「外国人が勝手に連れてきた子どもを、どうして我々の税金で面倒見なくちゃいけないんだ!」

というお決まりのつぶやきが聞こえてきそうですが、ここ数年のトレンドとして顕著に増加しているのは、日本国籍を持つ「日本人の子ども」で、日本語指導が必要な児童生徒です。そして、たとえ外国籍であったとしても、「子どもの権利条約」に定められている通り、その学びは保障されなくてはなりません。

ユニセフのサイトに、子どもの権利条約について子ども向けにわかりやすく解説されていたページがありましたのでご紹介とリンクを貼っておきます。

 

第28条
教育を受ける権利

[image]子どもには教育を受ける権利があります。国はすべての子どもが小学校に行けるようにしなければなりません。さらに上の学校に進みたいときには、みんなにそのチャンスが与えられなければなりません。学校のきまりは、人はだれでも人間として大切にされるという考え方からはずれるものであってはなりません。

第29条
教育の目的

[image]教育は、子どもが自分のもっているよいところをどんどんのばしていくためのものです。教育によって、子どもが自分も他の人もみんな同じように大切にされるということや、みんなとなかよくすること、みんなの生きている地球の自然の大切さなどを学べるようにしなければなりません。

第30条
少数民族・先住民の子ども

[image]少数民族の子どもや、もとからその土地に住んでいる人びとの子どもが、その民族の文化や宗教、ことばをもつ権利を、大切にしなければなりません。

 

 

UNICEF「子どもと先生の広場」―子どもの権利条約ページより

 

 

そして近年の傾向は「デカセギからテイジュウへ」。外国にルーツを持つ方々の日本での定住志向は高まっています。下図の日本に暮らす外国人の在留資格内訳を見れば明らかな通り、永住者、特別永住者、定住者だけで56%を超えています。文字通り、永住・定住が可能な資格です。

 

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このブログでもしつこいくらいにお伝えしていますが、もはや、彼らは日本社会の一員であり、事実上の移民です。

 

そしてその子どもたちは日本で学び、自立し、日本社会へ巣立ってゆく。日本の未来を担う子どもたちです。こうした子どもたちに対し、日本語教育を提供しないまま放置した結果発生する状況は、当然のことながら日本社会が負う事になります。逆に、母語保持や日本語教育をしっかり支えていくことで、彼らはバイリンガル・バイカルチャーのポテンシャルを発揮し、新しい風をもたらします。


公教育内で日本語を母語としない子どもたちの日本語教育を、国家が責任を持って実施していくことは、日本社会の未来をより豊かにする社会的に重要な投資であり、日本人の子どもたちと同様に、大切にはぐくまれるべき存在です。

 

まずは何よりも、現状からの脱却を。

 

さて、話しは戻って有識者会議の議事録を拝見して、いくつかポイントを上げておきたいと思います。

  • 自治体にとって全体として取り組むべき課題であることに言及した一方で、ルーツの多様化や、散在と集住と言う両極の方向性が同時に強まっている等の環境変化で、各自治体での対応が難しくなってきていることを指摘し、現存する施策では不十分であることを認めていること。

    →できれば「全自治体の課題」ではなく「国の課題」としてもらいたかったところですが・・・
    →「外国人児童生徒の教育」に関わる課題に全体として対応すべき、という前提で文科省の方から言及があったのは姿勢の変化を感じました。

 

  • 現場を知る委員の方々が、いわゆる集住地域で活動されている方々で構成されていること

    →日本語指導が必要な児童生徒が在籍する学校は、その全体の過半数が、こうした児童生徒が1人しかいない、2人しかいない、という散在地域(さんざいちいき)の学校です。検討課題にも挙がっていますが、『多様なニーズに応じた「拠点校」の整備の在り方』を考えるために、散在地域で実際に活動し、対応されている支援者の方々の声も必要だろうと思います。(今後の会議に期待)

    →そして、散在地域に暮らす子どもたちの支援のあり方は「拠点校整備」以外の可能性も探っていくべき。テクノロジーを活用することで、技術的に解決し得る部分もありそう。

    いろいろな方向性を探っていかないと、結局は「拠点校まで保護者が送り迎えできないから日本語が学べない」と言った課題や、「担当者が各学校を巡回支援するので、週1回しか日本語が学べない」と言った課題などがでてきそうな予感がします。とにかく、現存の無支援地帯を1(いち)にすることが先決ですが。

    その他細かいこと、いろいろ挙げればキリがありませんが・・・「地域によりニーズが異なるので自治体でやるべき(なので、自治体が予算を組んで国は補助)」ではなく、大同小異、日本全体として子どもたちの学びをどう保障していくか、という大きな視点で一歩も二歩も、現状から歩き出してほしいと切に願います。

    (私もお呼びいただければ、いつでも現場の実態や数値をお届けします!)

 

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*1:2016年1月6日、子どもの権利条約に関する箇所を追記・修正しました。