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NPO法人青少年自立援助センター/YSCグローバル・スクール/田中宝紀 (IKI TANAKA)

NPO法人青少年自立援助センター定住外国人子弟支援事業部統括コーディネーター/NPO法人多文化共生子ども・若者プラットフォーム理事長。 東京都福生市にて外国にルーツを持つ子どもと若者のための教育・自立就労支援を担当。7歳と3歳の2児を育てるフルタイムワーキングマザー。

日本語がわからない子ども、「この学校に1人だけ」43%-外国人散在地域の子どもの日本語教育をどうすべきか考えた

外国にルーツを持つ子ども・若者

日本語がわからず「お客さん状態」は子どもにも先生にもつらい

外国人散在地域、という言葉を聞いたことがあるでしょうか。

「がいこくじんさんざいちいき」と読み、外国人が多く集まっている外国人集住(しゅうじゅう)地域と対を成す言葉です。(詳しくは過去記事を)

 

このブログでも何度も取り上げている文科省による調査「日本語指導が必要な児童生徒の受入状況に関する調査」平成26年度版によると、日本語指導が必要な外国人児童生徒がその学校に1人だけ、という「1人在籍校」の割合が最も高く、43.7%に上っています。(下図は同調査より抜粋)

ちなみに、日本国籍の日本語指導が必要な児童生徒の場合、1人在籍校の割合は全体の52.9%です。

 

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日本語がわからない子どもが学校に入学、転向してきたけれど、他にそういう子どもは在籍しておらず、自治体全体でも数名しかそういう子どもがいない、という状況が外国人散在地域には多く見られます。

 

自治体単独では予算も人材も確保できない中、外国にルーツを持つ子どもがただただ毎日学校で机に座っている「お客さん状態」となっている現状。子どもにとっては本当につらいだろうと思います。そして、そうした状況がクラス内で発生してしまった担任の先生の不安や戸惑いも大きいだろうと思います。

 

今検討されている「拠点校方式」のコストが気になる

文科省で行われている学校における外国人児童生徒等に対する教育支援に関する有識者会議では、現在、拠点となる学校を設けて、そこから指導教員を派遣する案が浮上していると西日本新聞が記事を出していました。

 

www.nishinippon.co.jp

 国は日本語を指導する教員配置を進めているが、十分な対応が困難になっている。九州の現状からも、その理由は明らかだ。

 対象者の約6割が福岡県に集中するが、他の6県でも約40人~約100人が通学している。子どもの母語は中国語とフィリピン語で約5割を占める一方で、タイ語インドネシア語など多数の「その他言語」も約210人に上る。

 外国人の子どもが1、2人しかいない学校が、広く散在する。加えて、多様な母語に応じる必要があるため、地方では指導教員の確保が難しいのだ。

 有識者会議では、「拠点校」を設けて、指導教員を派遣する案が浮上している。妥当な案だが、きめ細かに支援できるネットワークの整備が不可欠となる。指導教員の人材育成や市民団体との連携、情報通信技術(ICT)の活用なども検討課題とすべきだろう。

 見落としてならないのは、生活苦から通学さえできない外国籍の子どもたちである。親の生活支援を含め、対策を強化すべきだ。

 

 たしかに、記事にあるように拠点校方式は1つの妥当な解決策ではありますが、たとえばA校、B校、C校、D校と距離の離れた学校にそれぞれ1人ずつ、日本語がわからない子どもがいて、1日のうちに1人の先生が指導して回るとなると移動時間にコストがかかったり、1人あたりの支援時間数が短くなりそうで、単純にもったいない。

 

そして小学校低~中学年程度なら1対1で短時間に個別指導を受け、あとの時間は教室ですごしたくさんの日本語に触れる、という方向性は「耳で聞いて覚える(自然習得)」ことができる時期として有効だと感じますが、一方で、外国語を自然習得できる年齢には限界があることが指摘されています。おおむね、10才前後。これを過ぎると、体系的に積み上げていく方が一定の成果が見られるというのは、現場の支援経験からもある程度正しいものだと考えています。

 

となると、おおむね10才を過ぎた子どもに対しては、一定期間日本語教育を集中的に実施する「初期指導」を行った後に学校へ通い、個別の補助指導等を各学校で週に数時間行う方が支援にかかるコストや効果(子どもの日本語能力の向上)は高いのではないか。

 

「逆拠点校方式」はいかがでしょう?

 

つまり、拠点校方式であっても、移動すべきは指導者ではなく子どもたちで、たとえば送迎車を導入する等で子どもたちを拠点校に集め、初期的な日本語教育を短期集中で行うという逆の方向性も検討されるべきではないか、と感じました。

 

さらにこの「逆拠点校方式」とも言える方法にはもうひとつメリットがあって、それは「同じ境遇にある外国にルーツを持つ仲間と出会い、短期間であっても共に学べる」という点です。同じ母語の子どもがいれば、情報交換をしたり、母語でおしゃべりをするだけでも精神的に安心することができるでしょうし。

(ちなみに拠点校すら設けられない、逆拠点校方式も実現できない、という場合に備えて、今、無支援状態の外国にルーツを持つ子どもにICTを活用して支援を届ける事業の準備中です。興味のある方は info@kodomo-nihongo.com まで御連絡を)

 

支援者が子どもの母語を話せる必要、ありませんから!

 

そしてさらに言及しておきたいのが、この西日本新聞の記事中にあるような

 

 対象者の約6割が福岡県に集中するが、他の6県でも約40人~約100人が通学している。子どもの母語は中国語とフィリピン語で約5割を占める一方で、タイ語インドネシア語など多数の「その他言語」も約210人に上る。

 外国人の子どもが1、2人しかいない学校が、広く散在する。加えて、多様な母語に応じる必要があるため、地方では指導教員の確保が難しいのだ。 

 

「 子どもの母語が増えれば増えるほど、その母語を話せる人材を探さなくてはならなくて大変だ」というのは誤った認識です。

 

なぜなら、日本語教育の専門家であれば「直説法」という「日本語を使い日本語を教える」という技術を有するからです。この間違った認識を正さない限り、

 

『「外国にルーツを持つ子どもへの対応」=(イコール)その子どもの母語がわかる人材が必要=(イコール)とてつもなくお金がかかる(だから無理)』

 

という無根拠なあきらめにより、子どもに何の支援もなされない状況が発生する現状は変わりません。

 

大切なことなので、もう一度いいます。

 

「 子どもの母語が増えれば増えるほど、その母語を話せる人材を探さなくてはならなくて大変だ」というのは誤った認識です。

 

 

なぜなら、日本語教育の専門家であれば「直説法」という「日本語を使い日本語を教える」という技術を有するからです。

 

そしていかに子どもの母語が多様であっても、集団授業ができるスキルも持っています。「○○語の子どもが転向してきたけど、母語を話せる人がいないから何もできない」と思っている方がいたら、ぜひそれは間違っていることを伝えてください。

 

餅は餅屋へが正解

ここから先は心の叫びですが・・・

日本語教育の専門家が介在しない中途半端な支援を実施しようとすると、いたずらにコストが嵩み、支援を長期化させ、外国にルーツを持つ子どもにとって不利益となるだけでなく、地域全体にとってもマイナスをもたらす可能性があります。

「餅は餅屋」

という言葉がありますが、特に子どもの日本語教育は専門的な知識と技術と経験を必要とする領域です。

 

「学校の先生の力」や「地域の方々」の支援は、その専門領域の外側(「宿題のサポート」や「基礎学力の向上」など)を支えるために活用すべき力であり、日本語教育のど真ん中を担い得るものではないのだ、と。

 

なんだかいろんな方から怒られそうな記事になってしまいましたが、私の心からの実感を持って、力説したいところです。